あの日と今日の空は重なる

 天香駅は決して大きくはないけれど、和風の、割と新しくて可愛い駅だ。ただ駅ナカのコンビニはなかったので買い物しておいてよかったと切実に思った。

 跨線橋を上り、改札へ向かいながらこの後どうするか考えた。


「まずトイレに行っておかないと。いつ行けるか解らないし」

「駅が最後かもしれないしね。俺も行っておこう」


 もうトイレに行きたいという言葉を恥ずかしがっている余裕もなかった。今なら用を足したり身支度を整えることもできるけれど、駅から出たらそもそもトイレが見つからないかもしれない。外で、しかも男の子と一緒にいる時に最悪の事態になった場合、一生立ち直れない自信があった。

 というか、そもそも男の子にトイレに行きたいって言うのも少し馴れた気がする。

 改札を抜けてロータリーに出ると、トイレは外に設置されていた。

 それぞれためらわず向かう。この後しばらく屋根のない場所を歩かないといけないので、汗はかいていないものの、もちろんばっちりスプレーの類を使いまくっておいた。買った飲み物やパンなんかも取り出しやすいように鞄の中で位置を変えておく。

 出てきた時にはもうロータリーのところで十真君が待っていた。


「何だかいつも待たせちゃってごめんね」

「あんまり気にしないで。そんなに支度することがないだけだから」

「うん、ありがとう。よかったら陽灼け止めスプレーとか使う?」

「陽灼け、気にする方?」

「気にするっていうか、陽に灼けると赤くなっちゃう体質だから、まめにケアしてないと後で痛くなっちゃって」

「あー、色白いからそういうのあるんだ。俺はそんなでもないから平気」

「いいな……」


 白いせいじゃないんじゃないかと思ったけれど、今考えてみればお父さんは普通に灼けるのに、お母さんもお姉ちゃんも不用意に陽灼けすると浅黒くなる代わりに赤く腫れる体質だ。

 腫れなくて済む境界線はどこにあるんだろう。羨ましい。


「あ、外歩く前にこれあげるよ。袋で買ったしたくさんあるから」

 陽灼け止めスプレーを勧めたお礼も兼ねているのだろう。十真君はコンビニの袋から塩タブレットをひとつ取り出して私に差し出す。

 多分ゲームセンター跡地を探して歩いていた時にもう塩分は足りなくなっていた気がするので、ありがたく食べることにした。包装を剝いてタブレットを口に放り込む。

 舌の上でしゅわしゅわと溶け始めると、少し楽になった気がする。


「あ、本当に塩分足りてなかった」

「だったらもう一個食べといて。自分が思ってるよりずっと足りてないから」


 まだ一個目は溶けきっていないけれど、もうひとつ個包装の袋を渡されて、言われるままに口に追加した。舐めている途中でやっと塩気がしつこく感じられるようになってきた。

 一番暑い時間に体から塩分が抜ける程度に外を歩いていたのだ。この後あまり店がないらしいから余計に気を付けていこう。

「一応頑張れば歩いて行けなくないけど、タクシー乗り場があるよ」


 コンパクトな作りのロータリーの向こうにコンビニがあった。ロータリーもやや新しい感じだ。もしかしたらリニューアルとかしたのかもしれない。


「これならそこまで頑張って買い物してくる必要なかったかも」


 当時のロケは確か車で行ったのだ。お姉ちゃんは駅には来ていなくて、駅前の情報は知らなかったのだろうと気が付いた。

 飲み物あたりはここで買えると知っていれば買わなかった。でも紅茶はぬるくても平気な方だからいいとしよう。

 タクシー乗り場にはタクシーは停まっていなかった。


「ねえ、行きだけでもタクシーに乗らない? ずっと歩きづめだと体力が保つ自信がなくて。お小遣いもらったしお金出すから」

「いいの?」

「さっき塩タブレット食べた時に塩分足りてなかったなって感じたから、割と消耗してると思うんだ。道に迷ったり入れない場所を避けたりしてる間にダウンする可能性あるかもしれないから。せっかくのお金だしこういう時に使わないとね」

「解った。だったらタクシー乗った方がいいね。ただ、すぐ来るか解らないけどどうする?」

「五分くらい待ってみて、それで来なかったらこのへんのタクシー会社を調べて電話してみるね」


 ありがたいことに、五分も待たずに三分くらいでロータリーに一台タクシーが入ってくるのが見えた。思わず眼を見開いていた。

 私達は少し急いで停まっているタクシーの方へ向かった。すぐにドアが開き、後ろの席に乗り込んだ。


「あの、天香海岸までお願いします」


 タクシーに一人で乗ったことがないので、緊張しながらお願いすると、運転手さんは愛想よく応じてくれた。そのままタクシーが走り始め、静かにロータリーから離れていく。

 駅の近くには家も多少建っていたけれど、あっという間に緑豊かなエリアに入り込む。そしてしばらくして、窓から海が見える地域にやってきた。海の青から眼が離せないまま、私は黙ってタクシーに揺られていた。

 十分ちょっと走ったあたりでタクシーは停まったので、お金を払って降りる。そんなに高くはなかった。何となくもう少し遠いだろうと思い込んでいたので少し拍子抜けした。