悩んでいるうちに、車内アナウンスが聞こえる。次は虎塚とらづかだ。
「あ、ここがうちの最寄り駅だよ。今は降りないけど」
「このへんなんだ? 駅から近いの?」
「歩くと十分ちょっとかな。電車からだと見えないけど」
そんなことを話しているうちに、電車はスピードを落として虎塚駅のホームへと滑り込んだ。電車が停まり、ちょっとお洒落な色の洋服屋の大きめの袋を提げた女の人が、ドアの側のボタンを押すとゆっくり開いた。
この時間の下り列車なので、降りる人もそんなにいないのだろう。私達の乗った車輌から出ていったのはその人だけだった。
何となく上りのホームに眼をやると、見憶えのある姿を捉える。
「あれ?」
楽しそうに話しながらホームに立って待っているカップルの女の子の方。やや小柄でショートカットが可愛いタイプの子。
「知ってる人?」
「女の子の方は中学の同級生だと思う。男の子の方は知らないけど、雰囲気からすると彼氏なのかな」
手を振ろうかとも思ったけれど人と話しているし、彼氏だったらお邪魔しても悪い。それに声をかけても窓越しなので聞こえないだろう。そんなことを思っている間に電車が動き出した。向こう側にいる二人は私達に気付くはずもなく、あっという間に視界から消えていく。
消えていく彼らを見送った後、十真君は少し間が悪そうな表情になった。
「どうしたの?」
「あんまり考えてなかったけど、もしかしたらエレナさんに彼氏がいて、聖地巡礼に俺がくっついてきてる状態だったらまずいかなって」
「そんなだったら、さすがに十真君と一緒に来てないと思うよ」
このタイミングで絶対聞かなければいけないことが頭をよぎる。
「あっ、そうだ。十真君は彼女いないの? 彼女がいたら他の女の子と二人で遠出したらそれこそすごくまずいんじゃないの?」
今こうして一緒にいる時間はすごく楽しいけれど、結果的に人のことを踏みにじって楽しい時間を過ごすのは嫌だった。
「俺、彼女とかいないよ。もしいたら誘って一緒に連れてくるよ。兄ちゃんが出てた映画のことも共有したいし、エレナさん女の子だから気を遣わなきゃいけないことは俺だけだと解んないし」
「そっか……ありがとう」
この言葉で充分「今まで彼女がいたことはない。少なくともちゃんとした関係になった女の子は一人もいなかったらしい」と伝わってきた。
私だって今まで誰かと付き合ったことはないけれど、もし恋人がいたことがあればこんな言葉は絶対出てこないことくらいは解る。
私個人は誰かと付き合ったことはないし、男の人にどきどきしたのは一真さん──『きらきらの空』のカキザキショウタを見た時が初めてだったけれど、学校の友達やお姉ちゃんが誰かと付き合ったり別れたりした時にはいろいろ話も聞いている。知識が全然ないという訳でもないのだ。
ただ、それ以上のリアルな知識がないせいだろう。女の子が男の子に鈍感だとぷんぷん怒る気持ちまではちゃんと理解できていなかった。
『誰かとちゃんと付き合ったことがある男の方が絶対楽だから! そうじゃない子って本当に女の子が何考えてるかに鈍感だからねっ』
こう力説していたのはお姉ちゃんだったか、中学時代の友達だったか思い出せないけれど、どうやらそういうものらしい。別に十真君のことを鈍感だとは思わないけれど、そういうことを言いたい気持ちは少し解る。自分の彼氏が知らない女の子を案内してあげるから一緒に来てと言ったら、大抵の女の子は怒るだろうくらいには。
「誰かに悲しい思いをさせたり、怒らせたりはしたくないけど、でも、一緒に海を見られるのはすごく嬉しいよ」
「うん、それは俺もだよ。一緒に行きたかったんだ」
気持ちが沁み入ってくる。
たったそれだけでこんなにも幸せになれるなんて思ってもみなかった。
「あ、ここがうちの最寄り駅だよ。今は降りないけど」
「このへんなんだ? 駅から近いの?」
「歩くと十分ちょっとかな。電車からだと見えないけど」
そんなことを話しているうちに、電車はスピードを落として虎塚駅のホームへと滑り込んだ。電車が停まり、ちょっとお洒落な色の洋服屋の大きめの袋を提げた女の人が、ドアの側のボタンを押すとゆっくり開いた。
この時間の下り列車なので、降りる人もそんなにいないのだろう。私達の乗った車輌から出ていったのはその人だけだった。
何となく上りのホームに眼をやると、見憶えのある姿を捉える。
「あれ?」
楽しそうに話しながらホームに立って待っているカップルの女の子の方。やや小柄でショートカットが可愛いタイプの子。
「知ってる人?」
「女の子の方は中学の同級生だと思う。男の子の方は知らないけど、雰囲気からすると彼氏なのかな」
手を振ろうかとも思ったけれど人と話しているし、彼氏だったらお邪魔しても悪い。それに声をかけても窓越しなので聞こえないだろう。そんなことを思っている間に電車が動き出した。向こう側にいる二人は私達に気付くはずもなく、あっという間に視界から消えていく。
消えていく彼らを見送った後、十真君は少し間が悪そうな表情になった。
「どうしたの?」
「あんまり考えてなかったけど、もしかしたらエレナさんに彼氏がいて、聖地巡礼に俺がくっついてきてる状態だったらまずいかなって」
「そんなだったら、さすがに十真君と一緒に来てないと思うよ」
このタイミングで絶対聞かなければいけないことが頭をよぎる。
「あっ、そうだ。十真君は彼女いないの? 彼女がいたら他の女の子と二人で遠出したらそれこそすごくまずいんじゃないの?」
今こうして一緒にいる時間はすごく楽しいけれど、結果的に人のことを踏みにじって楽しい時間を過ごすのは嫌だった。
「俺、彼女とかいないよ。もしいたら誘って一緒に連れてくるよ。兄ちゃんが出てた映画のことも共有したいし、エレナさん女の子だから気を遣わなきゃいけないことは俺だけだと解んないし」
「そっか……ありがとう」
この言葉で充分「今まで彼女がいたことはない。少なくともちゃんとした関係になった女の子は一人もいなかったらしい」と伝わってきた。
私だって今まで誰かと付き合ったことはないけれど、もし恋人がいたことがあればこんな言葉は絶対出てこないことくらいは解る。
私個人は誰かと付き合ったことはないし、男の人にどきどきしたのは一真さん──『きらきらの空』のカキザキショウタを見た時が初めてだったけれど、学校の友達やお姉ちゃんが誰かと付き合ったり別れたりした時にはいろいろ話も聞いている。知識が全然ないという訳でもないのだ。
ただ、それ以上のリアルな知識がないせいだろう。女の子が男の子に鈍感だとぷんぷん怒る気持ちまではちゃんと理解できていなかった。
『誰かとちゃんと付き合ったことがある男の方が絶対楽だから! そうじゃない子って本当に女の子が何考えてるかに鈍感だからねっ』
こう力説していたのはお姉ちゃんだったか、中学時代の友達だったか思い出せないけれど、どうやらそういうものらしい。別に十真君のことを鈍感だとは思わないけれど、そういうことを言いたい気持ちは少し解る。自分の彼氏が知らない女の子を案内してあげるから一緒に来てと言ったら、大抵の女の子は怒るだろうくらいには。
「誰かに悲しい思いをさせたり、怒らせたりはしたくないけど、でも、一緒に海を見られるのはすごく嬉しいよ」
「うん、それは俺もだよ。一緒に行きたかったんだ」
気持ちが沁み入ってくる。
たったそれだけでこんなにも幸せになれるなんて思ってもみなかった。
