もう既にホームには電車が到着していた。つい少し足を速めて降りてしまうけれど、まだその必要はなく、列車の中にはあまり人もいなかった。近くにある列車にゆったりと入り、クロスシートの席に二人で座った。
金砂駅からの電車もクロスシートだったけれど、今にして思えば隣に座った時に汗臭くなかったのか心配になってきた。
「でも、この電車に間に合ってよかったね。乗り換えしなくて済むから楽できるし」
「そ、そうだねっ」
スプレーをかけ直した後だから今は大丈夫なはずだけれど、その前まで汗臭かったんじゃないかと思うといたたまれない。
絶対挙動が変なはずなのに、十真君は質問しないでくれている。女の子と付き合った経験があったりして行動パターンに馴れているのかもしれない。
一真さんにだって彼女がいたのだから、十真君にいてもおかしくない。初対面で家に入れてアイスをご馳走してくれたり、学校を案内してくれたのは女の子と話すのにあまり抵抗がないせいかもしれなかった。
そんな可能性を思い浮かべると少し心苦しい。でも、あまり言いたくないことを訊かれたりしないのは助かった。
そういえばトイレでは時間がなかったからお姉ちゃんにお小遣いのお礼を返信するのを忘れていた。スマホを取り出し、メッセージを用意する。
『おこづかいありがとう。あんなにもらえるなんて思わなかった。大事に使うね。天香海岸のあたりはお店があんまりないっていう話だったから買い物してから電車に乗りました。今千波駅で電車が発車するのを待ってるところです』
多分車で移動しているだろうからしばらくは既読にならないだろうと思っていたのに、すぐ既読の文字が現れた。そして二分くらい経ってから返信のメッセージが届く。
『エレちゃん達今千波なんだ? 私は今コンビニでアイス買って食べてたところ。お金は私がおごってあげようと思ってた分も足して渡しただけだから気にしないで。まさかカモセン達が追っかけてくるなんて思ってなかった。ほんとごめん! 十真君にも謝っておいてね』
少し迷ったけれど、隣に座る十真君にメッセージの画面を見せた。
「お姉ちゃんが謝っといてって」
「別に気にしなくていいのに」
軽く眼を通して十真君が笑った。
「あの時は割とショックだったけど、あれだって兄ちゃんがみんなに好かれてたから周りもつらかったってことだし、嫌われてたり忘れられてるよりずっと嬉しいよ」
確かにそれはある。
私だってお姉ちゃんがよそで嫌われてたら絶対悲しくなってしまう。忘れられていてもちょっと寂しいだろう。
「せっかくお小遣いもらったけど、何もないような場所だと使いようがないんだよね。向こうにコンビニとか座れるお店があればよかったんだけど」
今が生理の時期や体調の悪い時期じゃなくて本当によかった。すごく体力に自信がある訳でもないから、途中で休める場所に入れるか入れないかは大きい。
「海沿いだから平地だし、歩いて三十分もないよ。ちょこちょこ休憩すれば何とかなると思うから、ゆっくり行こ。金砂の山間の方に向かうコースじゃなくてよかったよ」
「もし山にハイキングに行くシーンなんてあったら、そういう可能性もあったよね」
初めての場所で片道三十分も歩くのはちょっと大変そうだったけれど、平地だというのは心強い。
「……でも、よかった」
「うん?」
つい漏れた言葉に、十真君が不思議そうにこちらを見る。これでは「山にハイキングじゃなくてよかった」と言っているようにしか聞こえないことに気が付いた。
「あっ、山とは関係なくて、その……あの状態の十真君だったら絶対海に行かない方がいいと思ってた。今も。それは間違いないんだけど、帰っちゃった時にもやっぱりすっきりしないような気がして」
十真君は瞼を伏せる。伏せ眼にした時のラインがとても綺麗だ。しばらく何か考えているようだった。
「それってやっぱり、俺が兄ちゃんの弟だから?」
一真さんの弟だからなんていうと、何だかぴったりこない。大事なことをたくさん取りこぼしてしまっている。
「うーん、ゼロじゃないけど違う気がする」
もちろんショックを受けていた十真君を海に連れていきたくなかったのは本当だ。でも今の彼はあの話のダメージが抜けていて、元通りではないもののさっぱりとした様子だった。
(元通りじゃないって、どういうことだろう)
どうやら逢ったばかりの頃と今とで、十真君の言動に違いを感じているらしい。そんな人となりが変わったとかそういうのはないはずなのに、どこが違うと思っているのか自分でもよく解らなかった。
金砂駅からの電車もクロスシートだったけれど、今にして思えば隣に座った時に汗臭くなかったのか心配になってきた。
「でも、この電車に間に合ってよかったね。乗り換えしなくて済むから楽できるし」
「そ、そうだねっ」
スプレーをかけ直した後だから今は大丈夫なはずだけれど、その前まで汗臭かったんじゃないかと思うといたたまれない。
絶対挙動が変なはずなのに、十真君は質問しないでくれている。女の子と付き合った経験があったりして行動パターンに馴れているのかもしれない。
一真さんにだって彼女がいたのだから、十真君にいてもおかしくない。初対面で家に入れてアイスをご馳走してくれたり、学校を案内してくれたのは女の子と話すのにあまり抵抗がないせいかもしれなかった。
そんな可能性を思い浮かべると少し心苦しい。でも、あまり言いたくないことを訊かれたりしないのは助かった。
そういえばトイレでは時間がなかったからお姉ちゃんにお小遣いのお礼を返信するのを忘れていた。スマホを取り出し、メッセージを用意する。
『おこづかいありがとう。あんなにもらえるなんて思わなかった。大事に使うね。天香海岸のあたりはお店があんまりないっていう話だったから買い物してから電車に乗りました。今千波駅で電車が発車するのを待ってるところです』
多分車で移動しているだろうからしばらくは既読にならないだろうと思っていたのに、すぐ既読の文字が現れた。そして二分くらい経ってから返信のメッセージが届く。
『エレちゃん達今千波なんだ? 私は今コンビニでアイス買って食べてたところ。お金は私がおごってあげようと思ってた分も足して渡しただけだから気にしないで。まさかカモセン達が追っかけてくるなんて思ってなかった。ほんとごめん! 十真君にも謝っておいてね』
少し迷ったけれど、隣に座る十真君にメッセージの画面を見せた。
「お姉ちゃんが謝っといてって」
「別に気にしなくていいのに」
軽く眼を通して十真君が笑った。
「あの時は割とショックだったけど、あれだって兄ちゃんがみんなに好かれてたから周りもつらかったってことだし、嫌われてたり忘れられてるよりずっと嬉しいよ」
確かにそれはある。
私だってお姉ちゃんがよそで嫌われてたら絶対悲しくなってしまう。忘れられていてもちょっと寂しいだろう。
「せっかくお小遣いもらったけど、何もないような場所だと使いようがないんだよね。向こうにコンビニとか座れるお店があればよかったんだけど」
今が生理の時期や体調の悪い時期じゃなくて本当によかった。すごく体力に自信がある訳でもないから、途中で休める場所に入れるか入れないかは大きい。
「海沿いだから平地だし、歩いて三十分もないよ。ちょこちょこ休憩すれば何とかなると思うから、ゆっくり行こ。金砂の山間の方に向かうコースじゃなくてよかったよ」
「もし山にハイキングに行くシーンなんてあったら、そういう可能性もあったよね」
初めての場所で片道三十分も歩くのはちょっと大変そうだったけれど、平地だというのは心強い。
「……でも、よかった」
「うん?」
つい漏れた言葉に、十真君が不思議そうにこちらを見る。これでは「山にハイキングじゃなくてよかった」と言っているようにしか聞こえないことに気が付いた。
「あっ、山とは関係なくて、その……あの状態の十真君だったら絶対海に行かない方がいいと思ってた。今も。それは間違いないんだけど、帰っちゃった時にもやっぱりすっきりしないような気がして」
十真君は瞼を伏せる。伏せ眼にした時のラインがとても綺麗だ。しばらく何か考えているようだった。
「それってやっぱり、俺が兄ちゃんの弟だから?」
一真さんの弟だからなんていうと、何だかぴったりこない。大事なことをたくさん取りこぼしてしまっている。
「うーん、ゼロじゃないけど違う気がする」
もちろんショックを受けていた十真君を海に連れていきたくなかったのは本当だ。でも今の彼はあの話のダメージが抜けていて、元通りではないもののさっぱりとした様子だった。
(元通りじゃないって、どういうことだろう)
どうやら逢ったばかりの頃と今とで、十真君の言動に違いを感じているらしい。そんな人となりが変わったとかそういうのはないはずなのに、どこが違うと思っているのか自分でもよく解らなかった。
