店を出て、少し通りを歩いてから三人と別れることになった。
大江さんと鴨志田さんは打ち合わせの続き、お姉ちゃんはあの冊子を渡したところで本来の用事は済んでいたらしく、この後駐車場に戻って自分だけ会社に戻るらしい。
「じゃ、今日は仕事終わったら家に戻るよ。何かおみやげ持ってくね。あとこれ」
さりげなく手に小さく畳んだ紙片を渡される。感触からお札だと気が付いた。表情からお小遣いを受け取ったのだと二人に伝わらない方がいいのだろうと思って、小さくうなずくだけにとどめて額面も見ないまま鞄に突っ込んだ。
三人が歩き去り、私と十真君だけが残された。言葉もなく、繁華街の夏のアスファルトの上で立ち尽くしているので、ただひたすら暑い。
十真君が溜息をついたのが聞こえる。明るくて穏やかな彼に溜息は似合わないけれど、あんな話の後だ。ショックが大きかったのだろう。
「本当にごめんね。こんな風に話を聞くことになるなんて思ってなかった」
「……大丈夫。俺も知りたかった事情が聞けたし……いいことなんだと思う」
その事情がすごく悲しいものだったからこそ、十真君は沈んだ様子を隠せないでいるのだ。それを『いいこと』と言う声の響きが痛ましかった。
「でもさ、兄ちゃんが死んだことで、作ってた人達が結構ショックを受けてて、ただ楽しくみんなで映画を作ってたんじゃないんだなって思ったら、何だか……うまく言えないけど、能天気に考えすぎてた」
その言葉に息を呑む。
言われてみれば、十真君も私も『きらきらの空』を見て、ただ幸せな高校生活を喜んでいただけだった。一真さんが故人だと知ってもそれは変わらなかった。他の誰かに彼の死がどんな影響を与えているかなんて考えてもみなかったのだ。
一真さんの死は、最低でも映画部が完成を諦めようと悩んだり、恋人の紀花さんが不登校になり、転校してしまうくらいの痛みを撒き散らしていた。
「死んだのに、そこまで普通に幸せだったのは本人だけで、あの後みんなはつらかった。俺だってそうだったはずなのに、何で忘れてたんだろう……」
十真君は(私もだけれど)当時はまだ小学四年生だ。それにつらいことだからこそ余計に心から消えていったっておかしくない。
私も小学生の頃に母方のおじいちゃんが死んだ時や、うちで飼ってた犬のキナコが死んだ時、世界の終わりみたいに悲しかった。でもそういう思いは少しずつでも薄れていくのだ。生々しい痛みをそのまま抱えていたら生きていけない。でも、そうやって薄れていくこと自体に、十真君はショックを受けているようだった。
「──十真君、海に行くの中止にしよう?」
「エレナさん?」
「今の気持ちを抱えて海に行っても、多分つらいだけだよ。自分の傷をつついて痛さを確認するみたいなことしかできないよ。もちろん近所だったらまたすぐ来ればいいやって思えるかもしれないけど、交通費も割とかかるし無理に行かなくていいと思う」
何故か解らないけど、妙に腹が立ってくる。十真君に怒ってる訳というのとはちょっと違って、彼がこんなつらい思いをするのがどうしても嫌だった。
「でも」
反射的にそう言いながらも、「でも」の続きはどこか曖昧な様子だった。十真君もその先に何を言おうとしたのか解っていないのかもしれない。とりあえず一緒に来ている私への遠慮からのためらいではなさそうなのにほっとした。そんなことになったら罪悪感で立ち直れなさそうだった。
「もやもやしてるの解るから。でも、そんな風につらそうな人の横で何も気にしないで楽しく過ごせるほど図太くなれないよ」
私の中で、映画の中の一真さんの楽しそうなシーンを思い出しながら海を見ることより、十真君がそこで悲しそうに悩んでいるのを見たくない気持ちの方が大きくなっていた。
大江さんと鴨志田さんは打ち合わせの続き、お姉ちゃんはあの冊子を渡したところで本来の用事は済んでいたらしく、この後駐車場に戻って自分だけ会社に戻るらしい。
「じゃ、今日は仕事終わったら家に戻るよ。何かおみやげ持ってくね。あとこれ」
さりげなく手に小さく畳んだ紙片を渡される。感触からお札だと気が付いた。表情からお小遣いを受け取ったのだと二人に伝わらない方がいいのだろうと思って、小さくうなずくだけにとどめて額面も見ないまま鞄に突っ込んだ。
三人が歩き去り、私と十真君だけが残された。言葉もなく、繁華街の夏のアスファルトの上で立ち尽くしているので、ただひたすら暑い。
十真君が溜息をついたのが聞こえる。明るくて穏やかな彼に溜息は似合わないけれど、あんな話の後だ。ショックが大きかったのだろう。
「本当にごめんね。こんな風に話を聞くことになるなんて思ってなかった」
「……大丈夫。俺も知りたかった事情が聞けたし……いいことなんだと思う」
その事情がすごく悲しいものだったからこそ、十真君は沈んだ様子を隠せないでいるのだ。それを『いいこと』と言う声の響きが痛ましかった。
「でもさ、兄ちゃんが死んだことで、作ってた人達が結構ショックを受けてて、ただ楽しくみんなで映画を作ってたんじゃないんだなって思ったら、何だか……うまく言えないけど、能天気に考えすぎてた」
その言葉に息を呑む。
言われてみれば、十真君も私も『きらきらの空』を見て、ただ幸せな高校生活を喜んでいただけだった。一真さんが故人だと知ってもそれは変わらなかった。他の誰かに彼の死がどんな影響を与えているかなんて考えてもみなかったのだ。
一真さんの死は、最低でも映画部が完成を諦めようと悩んだり、恋人の紀花さんが不登校になり、転校してしまうくらいの痛みを撒き散らしていた。
「死んだのに、そこまで普通に幸せだったのは本人だけで、あの後みんなはつらかった。俺だってそうだったはずなのに、何で忘れてたんだろう……」
十真君は(私もだけれど)当時はまだ小学四年生だ。それにつらいことだからこそ余計に心から消えていったっておかしくない。
私も小学生の頃に母方のおじいちゃんが死んだ時や、うちで飼ってた犬のキナコが死んだ時、世界の終わりみたいに悲しかった。でもそういう思いは少しずつでも薄れていくのだ。生々しい痛みをそのまま抱えていたら生きていけない。でも、そうやって薄れていくこと自体に、十真君はショックを受けているようだった。
「──十真君、海に行くの中止にしよう?」
「エレナさん?」
「今の気持ちを抱えて海に行っても、多分つらいだけだよ。自分の傷をつついて痛さを確認するみたいなことしかできないよ。もちろん近所だったらまたすぐ来ればいいやって思えるかもしれないけど、交通費も割とかかるし無理に行かなくていいと思う」
何故か解らないけど、妙に腹が立ってくる。十真君に怒ってる訳というのとはちょっと違って、彼がこんなつらい思いをするのがどうしても嫌だった。
「でも」
反射的にそう言いながらも、「でも」の続きはどこか曖昧な様子だった。十真君もその先に何を言おうとしたのか解っていないのかもしれない。とりあえず一緒に来ている私への遠慮からのためらいではなさそうなのにほっとした。そんなことになったら罪悪感で立ち直れなさそうだった。
「もやもやしてるの解るから。でも、そんな風につらそうな人の横で何も気にしないで楽しく過ごせるほど図太くなれないよ」
私の中で、映画の中の一真さんの楽しそうなシーンを思い出しながら海を見ることより、十真君がそこで悲しそうに悩んでいるのを見たくない気持ちの方が大きくなっていた。
