鴨志田さんに連れていかれたのは、ものすごい高級レストランという訳ではなくてもちょっと高めのイタリア料理店という感じの、採光がいい感じでシンプルに見えるインテリアがお洒落な建物だった。家族でお祝いごとなんかに食事しに行こうという時はこういうお洒落な店に来ないので、すごく物珍しい気分だった。
本来は六人がけなのだろう、椅子が五人分あるテーブルに案内される。
「お姉ちゃん、あんまりちゃんと解らないんだけど、どう頼んだらいいの?」
こっそり隣りにいるお姉ちゃんに耳打ちする。
「お店の人がちゃんと説明してくれるから大丈夫。多分ランチのコースとかだと思うから、訊かれたら適当に決めたらいいよ。あとはアンティパストが前菜、プリモピアットがスープとかパスタとかそのへん、セコンドピアットがメイン料理。このへんだけ憶えておけば大丈夫。たくさん食べられないならプリモピアットはパスタにしない方がいいよ」
私だけじゃなくて十真君にもさりげなく聞こえるように説明してくれた。
何だか緊張する。こんなだったらいくらおいしいものを奢ってもらえるより、お姉ちゃんと三人で気軽にファミレスでお昼を食べる方がずっと気楽でよかったけど、そんなことが言える状況じゃなかった。
(そもそも何でこんなことになったんだろう?)
鴨志田さんと大江さんの言動に馴れているのか、お姉ちゃんは割と平気そうだけど、十真君と私はどういう反応をしたらいいのか迷ってしまっている。家族でイタリア料理の店に行ったことがない訳じゃないけれど、初対面の相手と話すのにテーブルマナーにあたふたしないほど馴染んでもいない。
注文を取りに来て、主にお姉ちゃんの真似をして何とかメニューを決めた。もちろんアンティパストにパスタは選ばず冷製スープを選んだ。十真君は食べられると思ったらしくパスタを選んでいた。
一通り注文が終わった後、お姉ちゃんが少し不機嫌そうな表情で鴨志田さんと大江さんを見て口を開いた。
「──私、社長も大江さんも、今日のはちょっとどうかと思うんですよ。十真君とうちのエレちゃん、今日『きら空』見て、今日逢ったばっかりなんですよ。いきなり関係者が押しかけてきても困るだけじゃないですか」
結構真面目に文句を言ってくれている。ついでに『きらきらの空』のことを『きら空』っていうんだと妙なところで感心した。
「そりゃ、十真君を見たい気持ちは解りますよ。私だって見たかったし。ただ……何のことだか解らないで呼びつけるのってよくないです」
初対面の大人二人、お姉ちゃんも入れたら三人だ。私だったらすごく緊張してしまうだろう。
ただ、十真君はそんなに緊張しているようにも深刻そうにも見えなかった。何というか、多分──
「お姉さん、俺なら大丈夫です。俺も訊きたいことあったし」
そうだ。そういうことなのだ。
十真君には訊きたいことがある。鴨志田さんや大江さんもそうなんだろう。私達──鈴峰姉妹だけが何となくピンときていないっぽいのは、お姉ちゃんの不思議そうな表情からも伝わってくる。
「じゃ、先に答えようか」
鴨志田さんが笑ってうなずくと、十真君は一度考え込むように息をつき、眼を伏せた。
「兄が死んだ頃のことは、いろいろばたばたしてたこともあって少ししか憶えてないんですけど、どんなきっかけで映画に出ることになったんですか? 生きてた頃にもちょっと気になってたんです」
「ああ、『きら空』を撮影し始めた直後にキャストが足りなくなって、あちこち探したんだよね。主演のムーやん……武藤廉人は部員で、イズミーはあいつが声かけてたはず」
どうも鴨志田さんは割と人をニックネームで呼ぶタイプらしい。
話していてあれこれ思い出したのか、鴨志田さんの言葉は続く。
「ただ、イズミーに声をかけたのは本当にぎりぎりだったんだ。最初は部員の別の男子がやる予定で、キャラ名もそいつの名前をもじったやつ。柿本翔っていう名前で、そこからアレンジしてカキザキショウタだった」
「あ……」
言われてみればスズキユウミの『ユウミ』は大江茉莉さんの本名、小村悠美の名前から取られている。それに一真さんの彼女、中山紀花さんの役名もイワイリカ。『紀花』のリカだ。それに武藤さんや柿本さんの役名も本名からもじって付けられている。一人だけ本名と関係ない名前だということに、もう少し早く気が付いてもよかったのだ。
「カッキーが撮影に入ってすぐ、お兄さんの誕生日パーティでノロ移されてしばらく隔離されたから、さすがに別のキャストを探さないといけなくなって、それで慌てて何人か候補を探してたんだ」
カッキーというのは部員の柿本翔さんのニックネームだろう。それにしても誕生日パーティでノロウイルスに感染するというのは、とてもかわいそうだ。もちろん映画部にはとんだとばっちりでもある。
「イズミーはムーやんの友達だったし、中山さんは脚本のキョーちゃん、若間杏子の友達でキャストに入ってたから、確かそれで声をかけたはずだよ」
一真さんは元々はキャストに含まれていなかった。ぎりぎりで柿本さんが学校に来ることがができなくなったから急に演じることになったのだ。
「兄ちゃんは特に演技とかに興味なかったと思ってたから、映画に出てたっていうのがちょっと不思議だったけど、そういう理由なら出ててもおかしくないなって」
お姉ちゃんがたこ焼き焼いてるところを見て単純に嬉しかった私とは大違いだ。
「それに、映画に出てる話も少し聞いてはいたけど、あんまり詳しく知らなかったんです。多分恥ずかしいから家族には言いたくなかったんだろうなって思いました」
「あっ、私もその立場だったら恥ずかしくて言えないかも」
「えーっ、絶対教えてよ。エレちゃんが出てる映画なんて絶対見たいのに。あっ、私だって見られたじゃん。出たら絶対見せてよ」
「出る予定全然ないからね」
お姉ちゃんがふくれている。その様子を見て十真君が少しおかしそうに笑っていた。でも、鴨志田さんがどことなく困ったような顔をしていることに気が付いた。
本来は六人がけなのだろう、椅子が五人分あるテーブルに案内される。
「お姉ちゃん、あんまりちゃんと解らないんだけど、どう頼んだらいいの?」
こっそり隣りにいるお姉ちゃんに耳打ちする。
「お店の人がちゃんと説明してくれるから大丈夫。多分ランチのコースとかだと思うから、訊かれたら適当に決めたらいいよ。あとはアンティパストが前菜、プリモピアットがスープとかパスタとかそのへん、セコンドピアットがメイン料理。このへんだけ憶えておけば大丈夫。たくさん食べられないならプリモピアットはパスタにしない方がいいよ」
私だけじゃなくて十真君にもさりげなく聞こえるように説明してくれた。
何だか緊張する。こんなだったらいくらおいしいものを奢ってもらえるより、お姉ちゃんと三人で気軽にファミレスでお昼を食べる方がずっと気楽でよかったけど、そんなことが言える状況じゃなかった。
(そもそも何でこんなことになったんだろう?)
鴨志田さんと大江さんの言動に馴れているのか、お姉ちゃんは割と平気そうだけど、十真君と私はどういう反応をしたらいいのか迷ってしまっている。家族でイタリア料理の店に行ったことがない訳じゃないけれど、初対面の相手と話すのにテーブルマナーにあたふたしないほど馴染んでもいない。
注文を取りに来て、主にお姉ちゃんの真似をして何とかメニューを決めた。もちろんアンティパストにパスタは選ばず冷製スープを選んだ。十真君は食べられると思ったらしくパスタを選んでいた。
一通り注文が終わった後、お姉ちゃんが少し不機嫌そうな表情で鴨志田さんと大江さんを見て口を開いた。
「──私、社長も大江さんも、今日のはちょっとどうかと思うんですよ。十真君とうちのエレちゃん、今日『きら空』見て、今日逢ったばっかりなんですよ。いきなり関係者が押しかけてきても困るだけじゃないですか」
結構真面目に文句を言ってくれている。ついでに『きらきらの空』のことを『きら空』っていうんだと妙なところで感心した。
「そりゃ、十真君を見たい気持ちは解りますよ。私だって見たかったし。ただ……何のことだか解らないで呼びつけるのってよくないです」
初対面の大人二人、お姉ちゃんも入れたら三人だ。私だったらすごく緊張してしまうだろう。
ただ、十真君はそんなに緊張しているようにも深刻そうにも見えなかった。何というか、多分──
「お姉さん、俺なら大丈夫です。俺も訊きたいことあったし」
そうだ。そういうことなのだ。
十真君には訊きたいことがある。鴨志田さんや大江さんもそうなんだろう。私達──鈴峰姉妹だけが何となくピンときていないっぽいのは、お姉ちゃんの不思議そうな表情からも伝わってくる。
「じゃ、先に答えようか」
鴨志田さんが笑ってうなずくと、十真君は一度考え込むように息をつき、眼を伏せた。
「兄が死んだ頃のことは、いろいろばたばたしてたこともあって少ししか憶えてないんですけど、どんなきっかけで映画に出ることになったんですか? 生きてた頃にもちょっと気になってたんです」
「ああ、『きら空』を撮影し始めた直後にキャストが足りなくなって、あちこち探したんだよね。主演のムーやん……武藤廉人は部員で、イズミーはあいつが声かけてたはず」
どうも鴨志田さんは割と人をニックネームで呼ぶタイプらしい。
話していてあれこれ思い出したのか、鴨志田さんの言葉は続く。
「ただ、イズミーに声をかけたのは本当にぎりぎりだったんだ。最初は部員の別の男子がやる予定で、キャラ名もそいつの名前をもじったやつ。柿本翔っていう名前で、そこからアレンジしてカキザキショウタだった」
「あ……」
言われてみればスズキユウミの『ユウミ』は大江茉莉さんの本名、小村悠美の名前から取られている。それに一真さんの彼女、中山紀花さんの役名もイワイリカ。『紀花』のリカだ。それに武藤さんや柿本さんの役名も本名からもじって付けられている。一人だけ本名と関係ない名前だということに、もう少し早く気が付いてもよかったのだ。
「カッキーが撮影に入ってすぐ、お兄さんの誕生日パーティでノロ移されてしばらく隔離されたから、さすがに別のキャストを探さないといけなくなって、それで慌てて何人か候補を探してたんだ」
カッキーというのは部員の柿本翔さんのニックネームだろう。それにしても誕生日パーティでノロウイルスに感染するというのは、とてもかわいそうだ。もちろん映画部にはとんだとばっちりでもある。
「イズミーはムーやんの友達だったし、中山さんは脚本のキョーちゃん、若間杏子の友達でキャストに入ってたから、確かそれで声をかけたはずだよ」
一真さんは元々はキャストに含まれていなかった。ぎりぎりで柿本さんが学校に来ることがができなくなったから急に演じることになったのだ。
「兄ちゃんは特に演技とかに興味なかったと思ってたから、映画に出てたっていうのがちょっと不思議だったけど、そういう理由なら出ててもおかしくないなって」
お姉ちゃんがたこ焼き焼いてるところを見て単純に嬉しかった私とは大違いだ。
「それに、映画に出てる話も少し聞いてはいたけど、あんまり詳しく知らなかったんです。多分恥ずかしいから家族には言いたくなかったんだろうなって思いました」
「あっ、私もその立場だったら恥ずかしくて言えないかも」
「えーっ、絶対教えてよ。エレちゃんが出てる映画なんて絶対見たいのに。あっ、私だって見られたじゃん。出たら絶対見せてよ」
「出る予定全然ないからね」
お姉ちゃんがふくれている。その様子を見て十真君が少しおかしそうに笑っていた。でも、鴨志田さんがどことなく困ったような顔をしていることに気が付いた。
