あの日と今日の空は重なる

 千波(せんば)駅南口からすぐの場所にある公園は、待ち合わせスポットのひとつになっている。特に広い訳ではなく、いい景色だとかそういう訳でもない。大きな樹が一本、それ以外に何本か樹々が植えられている。あとはあまり大きくない花壇があちこちにある。特徴はそんなにない場所だ。

 何度か通ったことがあるけれど、ここで待ち合わせしたことは一度もない。基本的に友達は地元の子ばかりだから、わざわざ電車でやってきて待ち合わせすることはなかったのだ。

 知ってはいてもそんなに馴染みのない場所に、十真(とおま)君と一緒に歩いていく。どこで待っていたらいいのか解らず、何となくあちこちを見渡していた。まだお姉ちゃんは来ていない。


「うーん」

「どうしたの?」

「お姉ちゃんの性格からすると、もう来ててもおかしくないんだけどな。メッセージとか入ってるかな」


 わざわざこの公園を指定してきたのだから、ほぼ間違いなく千波駅近辺にいるはずなのだ。しかもほぼ金髪だから人混みでもまあまあ目立つ。急な仕事が入って連絡しそびれているんだろうか。


「──エレちゃーんっ!! ごめんっ、ごめんねっ!」


 首を傾げていると、遠くからお姉ちゃんの声が響く。どうやら走ってきているらしい。言葉の終わりには声が近くなっていた。


「あれお姉さんだよね。何かあった?」


 慌てて声のする方を見ると、お姉ちゃんの姿はあった。

 でも、その後ろから別の人が二人追いかけてきている。


「お姉ちゃんっ!?」

「ごーめーんーっ! 撒けなかったーっ!」


 私達の眼の前までやってきたお姉ちゃんは息を切らし、中腰になっていた。そしてその後ろにいる二人は特段息も切らさずにこやかに私達を見ていた。

 一人はかなり背の高い、眼鏡をかけたカーリーヘアの男の人で、もう一人はものすごく綺麗な、さらさらの黒髪の女の人だった。どちらもお姉ちゃんよりちょっと年上くらいだろうか。お姉ちゃんが恨みがましい眼を二人に向けていることから察するに多分知り合いなんだろう。


「あ、この人見たことある」


 十真君が不思議そうに呟く。その直後に何を言いたいのか私にも伝わった。

 この顔を今日見ている。今そのままの顔じゃなく、もう少し若くて制服を着ていたけれど、本人だと解る。


「──スズキユウミだ」


『きらきらの空』のヒロインの名前が口から漏れた。横で十真君がこくこくとうなずいてみせる。

 私達の反応を見て黒髪の美人は華やかな笑顔を浮かべた。青いお洒落な花柄のチュールのワンピースで、中の白いワンピースが透けることで模様が鮮やかに見える。服まで大人っぽい。


「今になって『きらきらの空』見てる子がいるなんて思ってなかったからすごく感動する。あの頃はまだ本当に下手だったんだけど、それでも嬉しいな。ねえねえアニカちゃん、紹介してくれるよね?」

「えー、やだなあ──まあいいですけど。この子は見て解ると思いますけど私の妹で鈴峰(すずみね)エレナ。高校一年生」

「よ、よろしくお願いします」

「うん、ちょっと似てるよな」


 緊張しながら頭を下げる私に、もう一人の髪がもじゃもじゃで背の高い男の人が訳知り顔でうなずくのをお姉ちゃんがじろりと睨んだ。こちらは白いポロシャツにスーツに合わせるようなスラックスで、多分仕事関係の人なんだろう。


「で、こっちの子が伊泉(いいずみ)十真君です。金砂(かなさ)高の一年生で伊泉君の弟です」

「初めまして。伊泉十真です」


 十真君がお姉ちゃんを含めて三人共に頭を下げる。そう言えばこの二人のせいで忘れかけていたけれど、直接顔を合わせたのはこれが初めてなのだ。

 十真君の名前、正確には『伊泉』という名前を聞いた二人が一瞬、眼を見開いた。その後でそれぞれのタイミングで寂しそうに微笑む。


「うお、イズミーとすげー似てる。金砂生なんだ」

「そうね……うん、似てるね。あっ、エレナちゃんもアニカちゃんとちょっと似てるよ」


 昔一真さんはこの男性に『イズミー』と呼ばれていたらしい。大人の口から出ると変な気分になるけれど、高校時代の呼び名だったのだろう。

 十真君についてのショックが大きかったせいか、私については割とおざなりになっていたけどそれは仕方ない。


「二人の紹介もしますね。懐かしがってるのを待ってたらお腹空きますし」


 どことなく湿った雰囲気になったのをちらりと見て、お姉ちゃんがきっぱりとした口調でそう言った。

「こっちのでかい人が鴨志田(かもしだ)孝信(たかのぶ)。私の勤めてる会社の社長で、多分二人にはあの映画でドローン飛ばしまくった当時の部長って言った方が解りやすいよね。で、こちらは大江(おおえ)茉莉(まつり)さん。映画には本名の小村(こむら)悠美(ゆうみ)の名前で出演してて、今度テレビドラマにも出る女優さんなの。二人共私より一学年上で、悠美先輩……大江さんはカモ先輩の小学校からの友達だった縁で出演してもらったんだって」


 男の人の方は上司どころか社長だった。

 カモ先輩こと鴨志田さんの方は映画には出演していなかった気がする。背がかなり高くて特徴のある顔立ちなので、ある程度出演時間が多ければ憶えているはずだ。もし出ていたとしても文化祭あたりのちょい役くらいだろう。

 お姉ちゃんだってほとんど金髪で身長も高めだからそれなりに目立つはずなんだけど、この二人と較べると完全に普通の人だ。

 小村悠美さんこと大江茉莉さんは女優さんだけあってものすごく眼を惹く人で、『きらきらの空』の中ではちょっと綺麗な普通の女の子のように見えたのに、今は一般人みたいな感じが全くない。

 鴨志田さんもひょろ長くて髪がもじゃもじゃのカーリーヘアで眼鏡と、大江さんとは別の意味ですごく目立っている。

 しばらく圧倒されていたけれど、ものすごく気になっていることがある。


「あの、どうしてお姉ちゃんと一緒に……」

「それ絶対長くなるからお昼行こ。わざわざここまでついてきたんだからカモセン奢ってくださいよ。高いのよろしく!」


 言葉を続けようとしたのをお姉ちゃんに遮られる。呼び名が『カモ先輩』から『カモセン』になっていた。この鴨志田さんに少し怒っているらしい。


「全くもう。可愛い妹が男子連れで来てくれてるのを見たい姉心を邪魔するなんて……ひどくないですか? 無神経すぎますよ」

「ひゃっ!」


 何てことを言い出すんだろう。十真君が聞いて何と思うか考えると怖い。お姉ちゃんだって充分無神経だ。


「了解了解。ならちょっといいもの食べようか。じゃ行くか」


 鴨志田さんは何も気にする素振りもなくポケットからスマホを取り出し、どこかに電話をかけながら歩き始めた。どうやらお店に予約を入れているらしい。お姉ちゃんと大江さんも特に気にする風もなくついていく。日常茶飯事なのだろう。


「えーと、ご馳走になって本当にいいの?」


 少し戸惑っていたのだろう。十真君が小声で訊いてくる。


「気持ちは解るけど、おとなしく奢られておいた方がいいと思うよ。お姉ちゃんが走って撒こうとしたのに追いかけてきたんだから、逃げたりしたら追いかけてきそうだよ」

「うーん、そうかも」


 前を歩く三人を見ながら十真君が苦笑した。


「ほらー、こっちこっち。カモセン怪しいけど見た目よりは怪しくないから大丈夫」


 少し距離が空いていた私達に、お姉ちゃんが手招きする。

 私達は足を速めて追いかけた。