十真君が二階に向かって降りていく。私も少し遅れてついていった。上から見ると十真君の髪の毛はさらさらつやつやの黒髪で、光が当たって綺麗だ。烏の濡れ羽色という言葉がぴったりくる髪質だ。
私も小学校高学年の頃にはこういう黒髪に憧れたものだった。
大人になればもう少し髪の色が濃くなって落ち着いた色になるからと言われてはいたけれど、染めないとこんな黒髪にはそもそもならない。髪質も違うから、色を変えるだけだとこんな綺麗な髪になるのは無理だろう。
羨ましいなと思いながら廊下へと降りていく。
「2-Bこっちだよ」
2-Aのプレートの下を通り過ぎ、2-Bの前で十真君が止まると横開きの戸に手をかけた。どの学校で聞いてもそんなに代わり映えのしない音をたてて戸が開く。
もちろん誰もいるはずもない教室に二人で入っていく。
「学校の教室ってどこも似た感じだね。でもこの教室を使ってたのって何か意味があるのかな? 私はお姉ちゃんがいた教室が見られてちょっと嬉しいけど」
「この教室じゃなきゃいけない理由はないだろうけど、一階の教室を使わなかったのは窓の外に植え込みが見えて邪魔だったからかなと思う」
「あ、そっか」
映画なんだから見栄えの問題は大きいのだろう。
教室はどの学校も割と同じように見える。せいぜいスクールロッカーが教室にあるか廊下にあるかくらいだ。だからこそ初対面の男の子と、自分の通ってもいない学校の教室の中にいるのが不思議な気分だった。
多分夏休みに登校してきているのは部活のためだったり、図書室なんかに来るためだ。夏休みにだって誰も来ない訳じゃない。もちろん十真君だって制服を着ている。私だけが部外者の証明でもある私服を着ている。
高校生だった頃のお姉ちゃんを思い出してみる。『きらきらの空』と同じ、どちらかといえばちょっと地味な制服を着て、学校から帰ってきていた。学校に行く時間が違うから、朝のお姉ちゃんの姿は憶えていない。
「一真さんも2-Bだったの?」
「確か2-Cだった」
「せっかくだし見ていこうかな」
「いいよ」
十真君はちょっと笑って2-Bの教室を出て、そのまま歩き出す。すぐ隣の戸を引いて入っていくのについていった。
もちろん貼られたプリントとか物がどこに置かれているかとか、カーテンがどう引かれているかとか、机が少し乱れている角度とか、私物が残っている感じとか、そんな些細な違いしかなかった。
「自分が通ってない学校の教室で、しかも誰もいないのってちょっと寂しい感じがあるね。完全に片付けられてる場所とは違う感じの寂しさ」
「俺は兄ちゃん達が映ってても、二年の教室は入ったことなかったし、自分の学校だからどうって感じもあんまりないかな」
「入ったことのない教室って、どこもちょっと居心地悪いよね」
ましてあの映画は六年前に撮られている。一真さんのように亡くなっていなくても、私達と近い年齢に見えている生徒ももうみんな二十代だ。
「映画の中でみんな……とっくにここにいない人達だけど、楽しそうだったな」
「エレナさんは今、楽しい?」
多分何ということのない問いかけだ。
なのに言葉に詰まっていた。
楽しいかと言われれば楽しいと思う。でも今のこの気持ちを含みも何もない『楽しい』という言葉で説明するのはちょっと違う気がしたのだ。
ただ、それ以外のいい言葉も浮かばない。
「楽しいっていう言葉が正しいかどうかは解らない。ただ、来てよかったよ。十真君と学校の中を歩いて、すごく不思議な気持ちだった」
「俺は楽しかったよ。エレナさんと逢って、こんな風に映画見てその舞台を歩いて。兄ちゃんがどんな時間を過ごしたのか見られて。こんな時間を過ごせるなんて思わなかった」
「嫌そうじゃなかったら、ご家族の方にも教えてあげてほしいな」
「うん、絶対喜ぶ」
写真を入れたショルダーバッグにちらりと視線を落とした。
「本当はこの写真もあげられたらいいんだろうけど、お姉ちゃんの持ち物だからあげられないし、何かいい方法があればいいんだけど」
「じゃ、せめてスマホで写真撮っていい?」
「うん、いいよ」
写真の入った紙袋を取り出して十真君に渡す。彼がスマホで写真の写真を撮ってる合間に少し思い立って、自分のスマホでお姉ちゃんにメッセージを送ることにした。
私も小学校高学年の頃にはこういう黒髪に憧れたものだった。
大人になればもう少し髪の色が濃くなって落ち着いた色になるからと言われてはいたけれど、染めないとこんな黒髪にはそもそもならない。髪質も違うから、色を変えるだけだとこんな綺麗な髪になるのは無理だろう。
羨ましいなと思いながら廊下へと降りていく。
「2-Bこっちだよ」
2-Aのプレートの下を通り過ぎ、2-Bの前で十真君が止まると横開きの戸に手をかけた。どの学校で聞いてもそんなに代わり映えのしない音をたてて戸が開く。
もちろん誰もいるはずもない教室に二人で入っていく。
「学校の教室ってどこも似た感じだね。でもこの教室を使ってたのって何か意味があるのかな? 私はお姉ちゃんがいた教室が見られてちょっと嬉しいけど」
「この教室じゃなきゃいけない理由はないだろうけど、一階の教室を使わなかったのは窓の外に植え込みが見えて邪魔だったからかなと思う」
「あ、そっか」
映画なんだから見栄えの問題は大きいのだろう。
教室はどの学校も割と同じように見える。せいぜいスクールロッカーが教室にあるか廊下にあるかくらいだ。だからこそ初対面の男の子と、自分の通ってもいない学校の教室の中にいるのが不思議な気分だった。
多分夏休みに登校してきているのは部活のためだったり、図書室なんかに来るためだ。夏休みにだって誰も来ない訳じゃない。もちろん十真君だって制服を着ている。私だけが部外者の証明でもある私服を着ている。
高校生だった頃のお姉ちゃんを思い出してみる。『きらきらの空』と同じ、どちらかといえばちょっと地味な制服を着て、学校から帰ってきていた。学校に行く時間が違うから、朝のお姉ちゃんの姿は憶えていない。
「一真さんも2-Bだったの?」
「確か2-Cだった」
「せっかくだし見ていこうかな」
「いいよ」
十真君はちょっと笑って2-Bの教室を出て、そのまま歩き出す。すぐ隣の戸を引いて入っていくのについていった。
もちろん貼られたプリントとか物がどこに置かれているかとか、カーテンがどう引かれているかとか、机が少し乱れている角度とか、私物が残っている感じとか、そんな些細な違いしかなかった。
「自分が通ってない学校の教室で、しかも誰もいないのってちょっと寂しい感じがあるね。完全に片付けられてる場所とは違う感じの寂しさ」
「俺は兄ちゃん達が映ってても、二年の教室は入ったことなかったし、自分の学校だからどうって感じもあんまりないかな」
「入ったことのない教室って、どこもちょっと居心地悪いよね」
ましてあの映画は六年前に撮られている。一真さんのように亡くなっていなくても、私達と近い年齢に見えている生徒ももうみんな二十代だ。
「映画の中でみんな……とっくにここにいない人達だけど、楽しそうだったな」
「エレナさんは今、楽しい?」
多分何ということのない問いかけだ。
なのに言葉に詰まっていた。
楽しいかと言われれば楽しいと思う。でも今のこの気持ちを含みも何もない『楽しい』という言葉で説明するのはちょっと違う気がしたのだ。
ただ、それ以外のいい言葉も浮かばない。
「楽しいっていう言葉が正しいかどうかは解らない。ただ、来てよかったよ。十真君と学校の中を歩いて、すごく不思議な気持ちだった」
「俺は楽しかったよ。エレナさんと逢って、こんな風に映画見てその舞台を歩いて。兄ちゃんがどんな時間を過ごしたのか見られて。こんな時間を過ごせるなんて思わなかった」
「嫌そうじゃなかったら、ご家族の方にも教えてあげてほしいな」
「うん、絶対喜ぶ」
写真を入れたショルダーバッグにちらりと視線を落とした。
「本当はこの写真もあげられたらいいんだろうけど、お姉ちゃんの持ち物だからあげられないし、何かいい方法があればいいんだけど」
「じゃ、せめてスマホで写真撮っていい?」
「うん、いいよ」
写真の入った紙袋を取り出して十真君に渡す。彼がスマホで写真の写真を撮ってる合間に少し思い立って、自分のスマホでお姉ちゃんにメッセージを送ることにした。
