その後の大地の行動は早かった。
「先方から演出の案、OKもらえた。現地下見は来週の水曜日、16時からだ」
打ち合わせした日の夕方にはそう連絡が来て、花穂は驚く。
(下見の日までにチェック項目を決めておかないと!)
急いで準備に取りかかった。
今回の演出の中で花穂が一番気がかりなのは、歩く度に光るマイクロファイバーの絨毯だ。
圧力センサーを絨毯の下に敷き、踏まれた部分と連動してLEDライトが発光する。
それを少し工夫して、歩いたあとに光が流れるような残光を設計したかった。
その為、下見の時に実際の照明でテストし、絨毯の色味を決めたい。
また電源の配線や絨毯の面積、つまずきや漏電防止などの安全面もチェックしなければならない。
花穂はとにかく準備に追われた。
「織江さん、下見のToDoリスト、確認していただけますか?」
何度も織江にチェックしてもらい、頭の中でシミュレーションして当日に備えた。
下見の日はあっという間にやって来る。
「花穂、そろそろ行くわよ」
「はい!」
「わっ、すごい荷物ね。そっちの紙袋は私が持つわ」
「ありがとうございます」
大量の資料と絨毯のサンプルで、花穂は両手いっぱいに荷物を抱えていた。
エレベーターで1階に下り、ロビーで大地や大森と落ち合う。
「ええ!? 花穂ちゃん、大丈夫?」
大森がすぐさま花穂の荷物を半分持ってくれた。
「ありがとうございます、大森さん」
それを見て、大地がジャケットの内ポケットからキーを取り出す。
「電車はやめて、俺の車で行こう」
「お? 大地、車で来てたんだ」
「ああ。最近残業で終電逃すことが多いから」
そう言って大地はエレベーターホールに向かって歩き始めた。
(浅倉さん、終電なくなるまで残業してるんだ。契約件数トップの人は、それだけ努力してるんだなあ)
花穂は大地の背中を見ながら、改めてすごい人だと感心する。
地下駐車場へ行くと、大地は黒のSUVのロックをリモコンで解除してから、花穂が持っている荷物をスッと受け取った。
「あっ……、ありがとうございます」
大森が持っていた荷物も全てトランクに積むと、大地は後部ドアを開けて花穂と織江を促した。
「どうぞ」
「はい、失礼します」
男の人の車に乗るなんて初めてかも、と花穂は緊張の面持ちで乗り込む。
内装もブラックで統一され、なめらかなレザーシートは座り心地もいい。
ふわりとウッディな香りがして、思わず息を吸い込んだ。
「ん? 花穂、そんなに姿勢正しく座ってないで、背中もたれたら?」
「いえ、心して乗せていただくので」
後部シートに並んで座った織江とそんなやり取りをしていると、助手席に乗り込んだ大森が振り返る。
「花穂ちゃんって今どき珍しく、すれてない感じがいいよね」
するとすぐさま織江が口を挟んだ。
「ちょっと、大森。花穂には手を出さないでよね、汚らわしい」
「け、汚らわしい!? 織江、いったい俺をなんだと思ってるんだ?」
「薄っぺらい中身の遊び人。人呼んで、軽薄チャラ男」
「そうそう。名字は軽薄、名はチャラオ……って、大森 弘和だっつーの!」
声を張る大森に、運転席の大地が「うるさい」と一蹴する。
「大森、車のあとを走ってついて来るか?」
「いえいえ、滅相もございません。拙者、足軽ではございませぬゆえ」
「なら、黙ってろ」
「御意!」
大地は小さくため息をついてから車を発進させた。
カーオーディオからかすかに洋楽が流れてきて、花穂は耳を澄ませる。
(なんだか大人の雰囲気だなあ。自分がすごく子どもっぽく思えてくる。浅倉さんって、織江さんと同期だから31歳よね? 銀座で初めて会ったのは4年前だから……27歳だったのか。あの時は親しみやすい印象だったけど、男性って30代になるとこんなに近寄り難い雰囲気になるのかな。あ、でも大森さんは違うし……)
そんなことを考えていると、ふとバックミラー越しに大地と目が合ってしまった。
花穂はドキッとして目を見開き、慌ててうつむく。
「花穂? どうかした?」
「いえ、なにも。えっと、このあとの段取りを考えてまして」
とっさに織江に言い繕った。
「花穂、今度のプロジェクト張り切ってるもんね。私も安心して任せられるわ。よかった、これで心置きなく……」
そこまで言うと、織江は言葉を止める。
「織江さん?」
「あ、ううん。なんでもないの。気にしないで」
「……はい」
なんだろうと思っていると、今度は大地がミラー越しにさり気なく織江の様子をうかがっているのが分かった。
(え? 浅倉さんと織江さん、なにかあるのかな?)
妙な雰囲気を感じつつ、だからと言って口に出して尋ねる勇気もなく、花穂は黙ったまま車に揺られていた。
「先方から演出の案、OKもらえた。現地下見は来週の水曜日、16時からだ」
打ち合わせした日の夕方にはそう連絡が来て、花穂は驚く。
(下見の日までにチェック項目を決めておかないと!)
急いで準備に取りかかった。
今回の演出の中で花穂が一番気がかりなのは、歩く度に光るマイクロファイバーの絨毯だ。
圧力センサーを絨毯の下に敷き、踏まれた部分と連動してLEDライトが発光する。
それを少し工夫して、歩いたあとに光が流れるような残光を設計したかった。
その為、下見の時に実際の照明でテストし、絨毯の色味を決めたい。
また電源の配線や絨毯の面積、つまずきや漏電防止などの安全面もチェックしなければならない。
花穂はとにかく準備に追われた。
「織江さん、下見のToDoリスト、確認していただけますか?」
何度も織江にチェックしてもらい、頭の中でシミュレーションして当日に備えた。
下見の日はあっという間にやって来る。
「花穂、そろそろ行くわよ」
「はい!」
「わっ、すごい荷物ね。そっちの紙袋は私が持つわ」
「ありがとうございます」
大量の資料と絨毯のサンプルで、花穂は両手いっぱいに荷物を抱えていた。
エレベーターで1階に下り、ロビーで大地や大森と落ち合う。
「ええ!? 花穂ちゃん、大丈夫?」
大森がすぐさま花穂の荷物を半分持ってくれた。
「ありがとうございます、大森さん」
それを見て、大地がジャケットの内ポケットからキーを取り出す。
「電車はやめて、俺の車で行こう」
「お? 大地、車で来てたんだ」
「ああ。最近残業で終電逃すことが多いから」
そう言って大地はエレベーターホールに向かって歩き始めた。
(浅倉さん、終電なくなるまで残業してるんだ。契約件数トップの人は、それだけ努力してるんだなあ)
花穂は大地の背中を見ながら、改めてすごい人だと感心する。
地下駐車場へ行くと、大地は黒のSUVのロックをリモコンで解除してから、花穂が持っている荷物をスッと受け取った。
「あっ……、ありがとうございます」
大森が持っていた荷物も全てトランクに積むと、大地は後部ドアを開けて花穂と織江を促した。
「どうぞ」
「はい、失礼します」
男の人の車に乗るなんて初めてかも、と花穂は緊張の面持ちで乗り込む。
内装もブラックで統一され、なめらかなレザーシートは座り心地もいい。
ふわりとウッディな香りがして、思わず息を吸い込んだ。
「ん? 花穂、そんなに姿勢正しく座ってないで、背中もたれたら?」
「いえ、心して乗せていただくので」
後部シートに並んで座った織江とそんなやり取りをしていると、助手席に乗り込んだ大森が振り返る。
「花穂ちゃんって今どき珍しく、すれてない感じがいいよね」
するとすぐさま織江が口を挟んだ。
「ちょっと、大森。花穂には手を出さないでよね、汚らわしい」
「け、汚らわしい!? 織江、いったい俺をなんだと思ってるんだ?」
「薄っぺらい中身の遊び人。人呼んで、軽薄チャラ男」
「そうそう。名字は軽薄、名はチャラオ……って、大森 弘和だっつーの!」
声を張る大森に、運転席の大地が「うるさい」と一蹴する。
「大森、車のあとを走ってついて来るか?」
「いえいえ、滅相もございません。拙者、足軽ではございませぬゆえ」
「なら、黙ってろ」
「御意!」
大地は小さくため息をついてから車を発進させた。
カーオーディオからかすかに洋楽が流れてきて、花穂は耳を澄ませる。
(なんだか大人の雰囲気だなあ。自分がすごく子どもっぽく思えてくる。浅倉さんって、織江さんと同期だから31歳よね? 銀座で初めて会ったのは4年前だから……27歳だったのか。あの時は親しみやすい印象だったけど、男性って30代になるとこんなに近寄り難い雰囲気になるのかな。あ、でも大森さんは違うし……)
そんなことを考えていると、ふとバックミラー越しに大地と目が合ってしまった。
花穂はドキッとして目を見開き、慌ててうつむく。
「花穂? どうかした?」
「いえ、なにも。えっと、このあとの段取りを考えてまして」
とっさに織江に言い繕った。
「花穂、今度のプロジェクト張り切ってるもんね。私も安心して任せられるわ。よかった、これで心置きなく……」
そこまで言うと、織江は言葉を止める。
「織江さん?」
「あ、ううん。なんでもないの。気にしないで」
「……はい」
なんだろうと思っていると、今度は大地がミラー越しにさり気なく織江の様子をうかがっているのが分かった。
(え? 浅倉さんと織江さん、なにかあるのかな?)
妙な雰囲気を感じつつ、だからと言って口に出して尋ねる勇気もなく、花穂は黙ったまま車に揺られていた。



