(ひゃー、平日なのにすごい人)
定時で退社した花穂は駅に直結したショッピングモールを訪れて、カップルの多さに目を丸くした。
普段は広々としたエントランス広場も、今は大きなクリスマスツリーを背に記念撮影する人たちで埋め尽くされている。
(綺麗なツリー。ゴールドとワインレッドのコントラストがシックで素敵)
花穂はうっとりしながら何枚か写真を撮る。
周囲の木々を飾るイルミネーションも華やかで美しかった。
デザインの参考になりそうな店頭ディスプレイも撮影してから、花穂は地下鉄で銀座に向かう。
閉店時間に合わせて、例のジュエリーショップを覗いてみた。
時計を見るとちょうど閉店の20時を過ぎたところで、店内では最後のお客様らしきカップルに店長が笑顔で接客している。
花穂は通りに面したディスプレイを眺めた。
(やっぱり綺麗……。夜には一層クリスタルが輝いて見える)
その時「ありがとうございました」と声がして、花穂は入り口に目をやる。
ドアを開けた店長がカップルに深々とお辞儀をして見送ったあと、ふと花穂に気づいた。
「あら、青山さん?」
「こんばんは、井川店長。少し様子を見させてもらいに来ました」
「まあ、クリスマスイブなのにありがとう」
そう言って店長は花穂の隣に並び、ディスプレイを見つめる。
「素敵に飾ってくださって、ジュエリーも喜んでるわ。おかげさまで売り上げも好調なの」
「そうでしたか、よかったです」
花穂が笑いかけると、店長は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「青山さん、こんな日にうちの店のことを気にかけて来てくれたの?」
「あ、いえ! 私が勝手に来たくて。ここは私にとって、デザイナーの原点みたいな大切な場所なので」
「えっ?」
首をかしげる店長に、花穂はガラス越しに店内を見ながら話し出す。
「美大生の時に、たまたまこのお店の前を通りかかったんです。ちょうどオープン前日の夜で、静まり返った街にここだけが別世界のように輝いて見えました。ガラスの向こうに広がった純白の空間を、今でもはっきりと覚えています。高貴で透明感に溢れていて、煌めくように美しい世界……。私もこんな空間をデザインしたいって、心に強く思いました。このデザインを担当したのがチェレスタ株式会社だと分かって、入社を決めたんです」
そうだったの、と店長が呟く。
「嬉しいわ。私もいつも、ジュエリーがその人の心を支える存在になればと思っているから。このお店が青山さんのデザイナーとしての1歩を踏み出すきっかけになったのなら、こんなにも嬉しいことはない。きっとデザインした人もそう思ってると思うわ。ね、浅倉さん」
「……え?」
花穂は驚いて店長の顔を見上げる。
視線を追って振り返ると、大地が立っていた。
「浅倉さん!? どうしてここに?」
すると店長は妙に芝居じみた口調で、「いけない、閉店作業しないと」と店内に戻った。
残された花穂と大地は、しばらく黙ったまま見つめ合う。
「あの、浅倉さん。合コンは?」
「行かなかった。女の子もひとり欠席になったから。それより青山こそ、なにか予定があったんじゃなかったのか?」
「あ、はい。カップルの行きそうなデートスポットを回ってました。デザインの参考にしたくて」
「は? クリスマスイブなのに、ひとりで?」
「はい。このあと、ホテル フィオーレのロビー装飾も見に行こうと思ってて……」
「バカ!」
バカ!?と、花穂は真顔になる。
「バカとはなんですか!」
「バカだろ。今夜は女の子にとって大事な日だぞ。みんな彼氏からプレゼントもらって、美味しいディナーを楽しんでるっていうのに」
「みんなじゃないですよ。ここに例外もいますから」
大地はじっと押し黙ってから、ふいに花穂の手を取って歩き出した。
「あの、浅倉さん? どこへ?」
「ホテル フィオーレ。見に行くんだろ? ロビー装飾」
「そうですけど……」
「俺も行く。俺にだって関係あるから」
足早に大通りに出ると、タクシーを捕まえてホテル フィオーレに向かった。
定時で退社した花穂は駅に直結したショッピングモールを訪れて、カップルの多さに目を丸くした。
普段は広々としたエントランス広場も、今は大きなクリスマスツリーを背に記念撮影する人たちで埋め尽くされている。
(綺麗なツリー。ゴールドとワインレッドのコントラストがシックで素敵)
花穂はうっとりしながら何枚か写真を撮る。
周囲の木々を飾るイルミネーションも華やかで美しかった。
デザインの参考になりそうな店頭ディスプレイも撮影してから、花穂は地下鉄で銀座に向かう。
閉店時間に合わせて、例のジュエリーショップを覗いてみた。
時計を見るとちょうど閉店の20時を過ぎたところで、店内では最後のお客様らしきカップルに店長が笑顔で接客している。
花穂は通りに面したディスプレイを眺めた。
(やっぱり綺麗……。夜には一層クリスタルが輝いて見える)
その時「ありがとうございました」と声がして、花穂は入り口に目をやる。
ドアを開けた店長がカップルに深々とお辞儀をして見送ったあと、ふと花穂に気づいた。
「あら、青山さん?」
「こんばんは、井川店長。少し様子を見させてもらいに来ました」
「まあ、クリスマスイブなのにありがとう」
そう言って店長は花穂の隣に並び、ディスプレイを見つめる。
「素敵に飾ってくださって、ジュエリーも喜んでるわ。おかげさまで売り上げも好調なの」
「そうでしたか、よかったです」
花穂が笑いかけると、店長は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「青山さん、こんな日にうちの店のことを気にかけて来てくれたの?」
「あ、いえ! 私が勝手に来たくて。ここは私にとって、デザイナーの原点みたいな大切な場所なので」
「えっ?」
首をかしげる店長に、花穂はガラス越しに店内を見ながら話し出す。
「美大生の時に、たまたまこのお店の前を通りかかったんです。ちょうどオープン前日の夜で、静まり返った街にここだけが別世界のように輝いて見えました。ガラスの向こうに広がった純白の空間を、今でもはっきりと覚えています。高貴で透明感に溢れていて、煌めくように美しい世界……。私もこんな空間をデザインしたいって、心に強く思いました。このデザインを担当したのがチェレスタ株式会社だと分かって、入社を決めたんです」
そうだったの、と店長が呟く。
「嬉しいわ。私もいつも、ジュエリーがその人の心を支える存在になればと思っているから。このお店が青山さんのデザイナーとしての1歩を踏み出すきっかけになったのなら、こんなにも嬉しいことはない。きっとデザインした人もそう思ってると思うわ。ね、浅倉さん」
「……え?」
花穂は驚いて店長の顔を見上げる。
視線を追って振り返ると、大地が立っていた。
「浅倉さん!? どうしてここに?」
すると店長は妙に芝居じみた口調で、「いけない、閉店作業しないと」と店内に戻った。
残された花穂と大地は、しばらく黙ったまま見つめ合う。
「あの、浅倉さん。合コンは?」
「行かなかった。女の子もひとり欠席になったから。それより青山こそ、なにか予定があったんじゃなかったのか?」
「あ、はい。カップルの行きそうなデートスポットを回ってました。デザインの参考にしたくて」
「は? クリスマスイブなのに、ひとりで?」
「はい。このあと、ホテル フィオーレのロビー装飾も見に行こうと思ってて……」
「バカ!」
バカ!?と、花穂は真顔になる。
「バカとはなんですか!」
「バカだろ。今夜は女の子にとって大事な日だぞ。みんな彼氏からプレゼントもらって、美味しいディナーを楽しんでるっていうのに」
「みんなじゃないですよ。ここに例外もいますから」
大地はじっと押し黙ってから、ふいに花穂の手を取って歩き出した。
「あの、浅倉さん? どこへ?」
「ホテル フィオーレ。見に行くんだろ? ロビー装飾」
「そうですけど……」
「俺も行く。俺にだって関係あるから」
足早に大通りに出ると、タクシーを捕まえてホテル フィオーレに向かった。



