マスターに挨拶してバーを出ると、再びタクシーに乗り、銀座のジュエリーショップに向かった。
ちょうど閉店の時間になり、CLOSEDの札が掛けられたドアを大地が開ける。
店内では黒いスーツ姿の女性が閉店作業に追われていた。
「こんばんは」
「浅倉さん! こんばんは、お待ちしておりました」
「店長、今夜もよろしくお願いします」
「こちらこそ。あら、可愛らしい方とご一緒なんですね」
視線を向けられて、花穂は頭を下げる。
「初めまして。チェレスタ株式会社クリエイティブ部所属の青山と申します」
「初めまして、店長の井川です。青山さんが今夜の装飾を手伝ってくださるのかしら。とっても楽しみです」
「ご期待に添えられるよう、精いっぱいやらせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう。私はバックオフィスで事務をしていますので、なにかあればいつでもお声かけくださいね」
そう言って店長が姿を消すと、大地はカウンター裏に置かれていたダンボールを開けた。
「天井から吊るすクリスタルはこれ。ショーケースに飾るものと、外のディスプレイ用がこっち。ひとまずタブレットの画像通りに飾りつけてから調整しよう」
「はい」
二人で早速作業に取りかかった。
天井など高い所は大地がはしごを使って飾り、花穂はショーケースの中や店内の装飾を担当する。
店の外を通る人が目にするディスプレイも、なるべく人目を引くようにと配置を考えながら飾っていった。
「よし、取り敢えず終わったな」
シャツの袖をまくった大地が、入り口に立って店内を見渡す。
隣に並んで花穂もぐるりと辺りに目を向けた。
天井からいくつも吊り下げられたクリスタルが、かすかに揺れる度に幻想的にキラリと輝きを放つ。
あくまでメインのジュエリーを引き立てる為の装飾は、華美ではなく、シンプルで純粋な美しさだった。
「先方からはこのイメージでOKをもらってる。青山はどう思う?」
「とても綺麗だと思います。ただ、時間によって輝き方が変わってくるかと」
「ん? どういう意味だ?」
首をひねって聞いてくる大地に、花穂は店内を見渡してから指を差す。
「あそこの大きな窓、きっと夕方になると西日が射し込んでくると思うんですよね。今はこのクリスタルの飾りもベストなバランスで配置してますが、外からの日射しによって輝きが変わってきます。恐らくこの辺りの飾りは、本来の青や緑やオレンジといったオーロラカラーではなく、西日によって真っ白に色が飛んでしまうかと」
「ああ、なるほど。確かに」
大地は腕を組んで考えを巡らせる。
「午前中、午後、夕方、そして夜。どの時間帯もベストな状態にするにはどうすればいい?」
「折々でメインにする飾りを変えていきましょう。例えば、夜なら足元に埋め込まれたクリスタルと天井に無数に輝く小さなライトが印象的です。自然光が射す日中は、ショーケースや壁の装飾をメインに考えましょう。日の射す方角からして、ここから向こう側に見える角度に飾りを配置します。西日が斜めに射し込む夕方は、天井からのクリスタルが綺麗に輝くように。今はまんべんなく全体的に吊るしてありますが、陽射しが直接当たらないように、反射を考えて調整しましょう」
「分かった」
二人はそれぞれの時間帯を想定しながら、飾りの配置を微調整していく。
店内の照明をわざと落としたり明るくしたりして、輝き方を確認していった。
どの時間帯でもどの明るさでも、不自然になってはいけない。
その辺りを気をつけつつ、何度も話し合って作業を進めた。
「うん、これでどうだ?」
「いいですね」
ようやく二人で納得いく仕上がりとなり、店長を呼んで確認してもらう。
「へえ、とっても素敵。このディスプレイの飾りは青山さんがやってくれたのかしら? 細やかでセンスがいいわね」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、店長は改めて花穂に向き直る。
「若くて綺麗なお嬢さんなのに、ジュエリーは着けないの?」
「あ、すみません。どういうのが自分に似合うのか分からなくて」
飾り気のない自分の姿を見下ろして身を縮こめていると、店長はなにやら考えてからカウンターの裏側へ回った。
「青山さん、試しにこれを着けてみてくれない? 今年のクリスマスのラインナップなの」
「え、はい」
花穂が近づくと、店長は白い手袋をはめた手で、ダイヤモンドのネックレスと指輪を花穂に着けた。
「わあ、綺麗」
うっとりとその輝きに酔いしれていると、店長が「でしょ?」と顔を覗き込む。
「ジュエリーは自分を勇気づけたり輝かせてくれるの。仕事ができる青山さんにこそ、高級なジュエリーを着けてほしいな」
「あ、はい。私もこんなジュエリーに憧れます。でも私にはもったいなさすぎて……」
「あら、そんなことないわ。とってもよく似合ってる。それに大丈夫よ。青山さんになら、素敵な男性がプレゼントしてくれるから。ね? 浅倉さん」
急に振り返られ、大地は「は?」と声をうわずらせた。
「ふふっ、お得意様価格でサービスしちゃうから、いつでもいらしてね」
「はい?」
なにやら楽しそうな店長にジュエリーを返し、挨拶してから二人はショップをあとにした。
ちょうど閉店の時間になり、CLOSEDの札が掛けられたドアを大地が開ける。
店内では黒いスーツ姿の女性が閉店作業に追われていた。
「こんばんは」
「浅倉さん! こんばんは、お待ちしておりました」
「店長、今夜もよろしくお願いします」
「こちらこそ。あら、可愛らしい方とご一緒なんですね」
視線を向けられて、花穂は頭を下げる。
「初めまして。チェレスタ株式会社クリエイティブ部所属の青山と申します」
「初めまして、店長の井川です。青山さんが今夜の装飾を手伝ってくださるのかしら。とっても楽しみです」
「ご期待に添えられるよう、精いっぱいやらせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう。私はバックオフィスで事務をしていますので、なにかあればいつでもお声かけくださいね」
そう言って店長が姿を消すと、大地はカウンター裏に置かれていたダンボールを開けた。
「天井から吊るすクリスタルはこれ。ショーケースに飾るものと、外のディスプレイ用がこっち。ひとまずタブレットの画像通りに飾りつけてから調整しよう」
「はい」
二人で早速作業に取りかかった。
天井など高い所は大地がはしごを使って飾り、花穂はショーケースの中や店内の装飾を担当する。
店の外を通る人が目にするディスプレイも、なるべく人目を引くようにと配置を考えながら飾っていった。
「よし、取り敢えず終わったな」
シャツの袖をまくった大地が、入り口に立って店内を見渡す。
隣に並んで花穂もぐるりと辺りに目を向けた。
天井からいくつも吊り下げられたクリスタルが、かすかに揺れる度に幻想的にキラリと輝きを放つ。
あくまでメインのジュエリーを引き立てる為の装飾は、華美ではなく、シンプルで純粋な美しさだった。
「先方からはこのイメージでOKをもらってる。青山はどう思う?」
「とても綺麗だと思います。ただ、時間によって輝き方が変わってくるかと」
「ん? どういう意味だ?」
首をひねって聞いてくる大地に、花穂は店内を見渡してから指を差す。
「あそこの大きな窓、きっと夕方になると西日が射し込んでくると思うんですよね。今はこのクリスタルの飾りもベストなバランスで配置してますが、外からの日射しによって輝きが変わってきます。恐らくこの辺りの飾りは、本来の青や緑やオレンジといったオーロラカラーではなく、西日によって真っ白に色が飛んでしまうかと」
「ああ、なるほど。確かに」
大地は腕を組んで考えを巡らせる。
「午前中、午後、夕方、そして夜。どの時間帯もベストな状態にするにはどうすればいい?」
「折々でメインにする飾りを変えていきましょう。例えば、夜なら足元に埋め込まれたクリスタルと天井に無数に輝く小さなライトが印象的です。自然光が射す日中は、ショーケースや壁の装飾をメインに考えましょう。日の射す方角からして、ここから向こう側に見える角度に飾りを配置します。西日が斜めに射し込む夕方は、天井からのクリスタルが綺麗に輝くように。今はまんべんなく全体的に吊るしてありますが、陽射しが直接当たらないように、反射を考えて調整しましょう」
「分かった」
二人はそれぞれの時間帯を想定しながら、飾りの配置を微調整していく。
店内の照明をわざと落としたり明るくしたりして、輝き方を確認していった。
どの時間帯でもどの明るさでも、不自然になってはいけない。
その辺りを気をつけつつ、何度も話し合って作業を進めた。
「うん、これでどうだ?」
「いいですね」
ようやく二人で納得いく仕上がりとなり、店長を呼んで確認してもらう。
「へえ、とっても素敵。このディスプレイの飾りは青山さんがやってくれたのかしら? 細やかでセンスがいいわね」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、店長は改めて花穂に向き直る。
「若くて綺麗なお嬢さんなのに、ジュエリーは着けないの?」
「あ、すみません。どういうのが自分に似合うのか分からなくて」
飾り気のない自分の姿を見下ろして身を縮こめていると、店長はなにやら考えてからカウンターの裏側へ回った。
「青山さん、試しにこれを着けてみてくれない? 今年のクリスマスのラインナップなの」
「え、はい」
花穂が近づくと、店長は白い手袋をはめた手で、ダイヤモンドのネックレスと指輪を花穂に着けた。
「わあ、綺麗」
うっとりとその輝きに酔いしれていると、店長が「でしょ?」と顔を覗き込む。
「ジュエリーは自分を勇気づけたり輝かせてくれるの。仕事ができる青山さんにこそ、高級なジュエリーを着けてほしいな」
「あ、はい。私もこんなジュエリーに憧れます。でも私にはもったいなさすぎて……」
「あら、そんなことないわ。とってもよく似合ってる。それに大丈夫よ。青山さんになら、素敵な男性がプレゼントしてくれるから。ね? 浅倉さん」
急に振り返られ、大地は「は?」と声をうわずらせた。
「ふふっ、お得意様価格でサービスしちゃうから、いつでもいらしてね」
「はい?」
なにやら楽しそうな店長にジュエリーを返し、挨拶してから二人はショップをあとにした。



