「花穂、そろそろ会議の時間よ」

先輩デザイナーの川島 織江(おりえ)に言われて、花穂は顔を上げる。

「はい、今行きます」

タブレットや資料をまとめると立ち上がり、織江と肩を並べてオフィスを出た。

4年前、あの銀座の夜の翌日。
海外の有名ジュエリーブランドが日本に直営店第一号をオープンさせた記念セレモニーの様子を、花穂はニュースで見ていた。

あの時心奪われた店内の空間デザインがテレビに映し出され、花穂は身を乗り出して食い入るように見つめる。

(やっぱり素敵。まるでどこかの宮殿みたいな雰囲気。ジュエリーがすごく引き立ってるし、私も思わず憧れて欲しくなっちゃう)

こんなふうに空間をデザインし、頭の中にイメージした世界を創り出せたらどんなにいいだろう。

花穂はそう思い、このジュエリーショップを手がけたデザイン会社を調べてみた。

(やっぱりチェレスタか……)

チェレスタ株式会社は、デザイン企画会社としては国内最大手。

百貨店のシーズンごとのウインドディスプレイから、大型ショッピングモールやラグジュアリーホテルのイベント、有名企業のショーや新作マスコミ発表会なども手がけている。

就職活動中の花穂はもちろんこの会社に憧れていたが、どうせ不採用になるだろうと諦めていた。

(でもチャレンジしてみよう。私も最高の舞台で、あんなふうに自分の世界観を実際に形にしてみたい)

夕べ目の当たりにした、確かにそこに広がる別世界のような空間。

漠然としていた自分の夢も現実のものとなり、目指すべき道が拓かれた気がした。

(どうしてもチェレスタに入りたい)

日に日にその想いが強くなる。

みなぎる力のままに何枚もデザイン画を描き起こし、履歴書と共に送った。

無事に書類審査を通過し、本社での二次試験に進む。

あの日に撮影した店内のデザイン写真をお守りのように何度も見返し、勇気をもらった。

面接では、思いの丈を全てぶつけて本心で訴える。

「御社の社名でもあるチェレスタは、まるで魔法をかけるような音色を持つ楽器です。私もそんなふうに、空間にデザインという魔法をかけたいと思っています。ひと目見た瞬間に心を奪われ、別世界にいざなわれるような空間を」

実感のこもった言葉は、あの夜に自分が体験したからこそだった。

その想いが通じたのか、花穂は見事チェレスタ株式会社に採用された。

希望したクリエイティブ部に配属され、ディスプレイはもちろん照明や装花、装飾など空間設計の全てを手がけている。

4年目に入った今もまだ1人前とは言えないが、6歳先輩の織江について日々勉強を重ねていた。