「じゃあね、花穂。気をつけて帰ってね」
「はい。お疲れ様でした」
最寄駅の改札で、花穂は織江と大地に挨拶して別れる。
二人とは反対方向のホームに向かい、電車を待った。
ひとりになると、途端に頭の中で不安が渦巻く。
(織江さんがいなくなったら、私、ちゃんと仕事ができるの? コンペで織江さんと戦って、勝てる気なんてまるでしない。どうしよう、チェレスタのデザイナーとしてやっていけなくなったら。私にはなにも武器がない。ひとりではなにも……)
うつむいたままグッと唇を噛みしめていると、ふいに「おい」と声がした。
「えっ、 浅倉さん?」
顔を上げると、いつの間にか目の前に大地が立っていた。
前髪が無造作に乱れ、肩で息を切らしている。
「どうかしたんですか?」
「それはこっちのセリフだ。大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です」
「なにがだ?」
「は? いえ、あの、大丈夫かと聞かれたので……」
「適当に答えるな、ちっとも大丈夫じゃないだろう。電車が来たのに乗らないでボーッとしたままで」
ええ?と驚いて、花穂は辺りをキョロキョロと見回す。
さっきまではそれなりにホームにいた人たちが、今は誰もいなくなっていた。
「電車、行っちゃったんですね」
「ああ」
「知らなかったです。いつの間に……」
そう口にすると、たちまち涙が込み上げてきた。
(織江さんも、行っちゃうんだ。いつの間にか、私はひとりぼっちに……)
泣くまいと懸命にこらえていると、急に大地が花穂の手を取って歩き出す。
「え、あの! 浅倉さん?」
「タクシーで送る」
「どうして?」
「そんな顔、誰かに見せられるか」
足早に歩く大地に、花穂はただ手を引かれるがままになる。
駅をあとにすると、そのまま大通りに出てタクシーを拾った。
「住所言え」
「あ、はい」
運転手に自宅マンションの場所を告げると、タクシーが走り出した。
静けさが広がる車内に並んで座り、花穂はどうしたものかと身を縮こめる。
やがて窓の外を見ながら、大地がポツリと呟いた。
「……織江がいなくなるのが、そんなに不安か?」
花穂は慌てて首を振る。
「あ、いえ、あの。急なお話で驚いただけです。織江さんのご結婚を心から嬉しく思っています」
うつむいたまま答えると、大地が花穂を振り返った。
「そんなだから余計に辛くなるんだ」
「え?」
「ちゃんと自分の本音を自分で認めてやれ。かわいそうだろ」
「はい?」
言われている意味がすぐには理解できない。
「あの、主語と述語はどれですか?」
「はあ? 俺に国語の話はするな。根っからの理系だ」
「はい、失礼しました」
花穂がしょんぼりうつむくと、大地は困ったようにため息をついた。
「主語は『お前の本音』述語は『かわいそう』だ」
え?と花穂は顔を上げる。
「あ、違うか。『かわいそう』は述語じゃなくて形容詞か?」
「いえ、述語で合ってます。ただ形容詞ではなく、形容動詞かと」
「ええ? 述語と形容動詞、どっちなんだ?」
「形容動詞で述語です」
「はあ?」
怪訝そうに眉根を寄せたあと、大地はボソッと呟いた。
「……どうやら俺とお前は分かり合えない運命らしい」
「そうですか」
小さく答えてうつむく花穂にちらりと目をやると、大地はいきなり左腕を伸ばして花穂の頭を抱き寄せた。
(え……)
いったいなにが起こったのかと、花穂は思わず身を固くする。
「言葉で言っても通じないからな」
耳元で響くぶっきらぼうな声。
右頬に触れる頼もしい肩。
優しく頭を抱き寄せる温かい手のひら。
直接感じる大地の心の温もりに、花穂の目から涙が溢れ出す。
まるでブレーキが外れたかのように、涙は止めどなくポロポロとこぼれ落ちた。
「……我慢しすぎだ、バカ」
言葉とは裏腹に、大地は労わるようにポンポンと花穂の頭をなで、更に強く抱き寄せる。
大地の肩を借りて、花穂はただひたすら気持ちのままに泣き続けていた。
「はい。お疲れ様でした」
最寄駅の改札で、花穂は織江と大地に挨拶して別れる。
二人とは反対方向のホームに向かい、電車を待った。
ひとりになると、途端に頭の中で不安が渦巻く。
(織江さんがいなくなったら、私、ちゃんと仕事ができるの? コンペで織江さんと戦って、勝てる気なんてまるでしない。どうしよう、チェレスタのデザイナーとしてやっていけなくなったら。私にはなにも武器がない。ひとりではなにも……)
うつむいたままグッと唇を噛みしめていると、ふいに「おい」と声がした。
「えっ、 浅倉さん?」
顔を上げると、いつの間にか目の前に大地が立っていた。
前髪が無造作に乱れ、肩で息を切らしている。
「どうかしたんですか?」
「それはこっちのセリフだ。大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です」
「なにがだ?」
「は? いえ、あの、大丈夫かと聞かれたので……」
「適当に答えるな、ちっとも大丈夫じゃないだろう。電車が来たのに乗らないでボーッとしたままで」
ええ?と驚いて、花穂は辺りをキョロキョロと見回す。
さっきまではそれなりにホームにいた人たちが、今は誰もいなくなっていた。
「電車、行っちゃったんですね」
「ああ」
「知らなかったです。いつの間に……」
そう口にすると、たちまち涙が込み上げてきた。
(織江さんも、行っちゃうんだ。いつの間にか、私はひとりぼっちに……)
泣くまいと懸命にこらえていると、急に大地が花穂の手を取って歩き出す。
「え、あの! 浅倉さん?」
「タクシーで送る」
「どうして?」
「そんな顔、誰かに見せられるか」
足早に歩く大地に、花穂はただ手を引かれるがままになる。
駅をあとにすると、そのまま大通りに出てタクシーを拾った。
「住所言え」
「あ、はい」
運転手に自宅マンションの場所を告げると、タクシーが走り出した。
静けさが広がる車内に並んで座り、花穂はどうしたものかと身を縮こめる。
やがて窓の外を見ながら、大地がポツリと呟いた。
「……織江がいなくなるのが、そんなに不安か?」
花穂は慌てて首を振る。
「あ、いえ、あの。急なお話で驚いただけです。織江さんのご結婚を心から嬉しく思っています」
うつむいたまま答えると、大地が花穂を振り返った。
「そんなだから余計に辛くなるんだ」
「え?」
「ちゃんと自分の本音を自分で認めてやれ。かわいそうだろ」
「はい?」
言われている意味がすぐには理解できない。
「あの、主語と述語はどれですか?」
「はあ? 俺に国語の話はするな。根っからの理系だ」
「はい、失礼しました」
花穂がしょんぼりうつむくと、大地は困ったようにため息をついた。
「主語は『お前の本音』述語は『かわいそう』だ」
え?と花穂は顔を上げる。
「あ、違うか。『かわいそう』は述語じゃなくて形容詞か?」
「いえ、述語で合ってます。ただ形容詞ではなく、形容動詞かと」
「ええ? 述語と形容動詞、どっちなんだ?」
「形容動詞で述語です」
「はあ?」
怪訝そうに眉根を寄せたあと、大地はボソッと呟いた。
「……どうやら俺とお前は分かり合えない運命らしい」
「そうですか」
小さく答えてうつむく花穂にちらりと目をやると、大地はいきなり左腕を伸ばして花穂の頭を抱き寄せた。
(え……)
いったいなにが起こったのかと、花穂は思わず身を固くする。
「言葉で言っても通じないからな」
耳元で響くぶっきらぼうな声。
右頬に触れる頼もしい肩。
優しく頭を抱き寄せる温かい手のひら。
直接感じる大地の心の温もりに、花穂の目から涙が溢れ出す。
まるでブレーキが外れたかのように、涙は止めどなくポロポロとこぼれ落ちた。
「……我慢しすぎだ、バカ」
言葉とは裏腹に、大地は労わるようにポンポンと花穂の頭をなで、更に強く抱き寄せる。
大地の肩を借りて、花穂はただひたすら気持ちのままに泣き続けていた。



