めぐり逢い 憧れてのち 恋となる【書籍化】

無事に式典はお開きとなり、大森の手元が怪しいながらも撤収作業を終える。

4人は支配人と須崎に挨拶してから、タクシーで会社に戻った。

「ういー、じゃあお疲れー」

特に持ち物がない大森は、オフィスに上がらずに地下鉄の駅へと去って行く。

千鳥足の後ろ姿を心配しつつ見送ると、花穂たち3人は荷物を抱えてエレベーターホールへと向かった。

「すみません、浅倉さん。お手伝いいただいて」
「いや、これくらい当然だ」

クリエイティブ部のオフィスまで荷物を運ぶと、時刻は22時半になっていた。

「もう遅いから、片づけは明日にしましょう」

織江に言われて花穂は頷く。

すると織江がしばらく黙り込んだあと、神妙な面持ちで口を開いた。

「花穂。私、あなたに伝えなきゃいけないことがあって……」

改まった口調の織江に、花穂は「え?」と戸惑う。

「どうかしたんですか? 織江さん」
「うん、実はね。私、結婚することにしたの」
「ええ!? そうだったんですね。おめでとうございます」
「ありがとう」

おめでたい話題なのに、織江の表情は浮かない。

花穂はだんだん不安に駆られてきた。

「織江さん、もしかして……仕事を?」
「そうなの。今月いっぱいで退職するわ」

花穂はハッと息を呑んだ。

(まさか、今月で? 織江さんがいなくなったら、私……)

そう思ったが、織江が選んだ幸せの道に水を差す訳にはいかない。

「織江さんがいなくなるのは本当に寂しいですが、ご結婚を心からお祝いします。織江さん、どうぞお幸せに」
「ありがとう」

だがまだ織江の表情は硬いままだ。

それに少し離れたところに立っている大地も、うつむいたまま暗い表情なのが気になった。

「あの、織江さん。なにか心配なことでもあるんですか?」

そっと尋ねると、織江は思い切ったように顔を上げた。

「花穂、驚かないで聞いてね。私の結婚相手は、オンリーワンプランニングに勤めてるの」
「えっ、オンリーワンって、うちのライバル会社の?」
「そう、コンペでいつも一騎打ちになる相手。彼はそこのプランナーなの。それで結婚後も私がこのチェレスタで働くのは、彼の立場上好ましくないからって……。私もオンリーワンに転職することにしたの」

花穂は思わず目を見開く。

(そんな。これからは織江さんがライバルになるってこと? 近くで支えてもらえないどころか、敵として争うことになるなんて……)

もはや気持ちが追いつかない。

ただ呆然と立ち尽くしていると、織江が深々と頭を下げた。

「花穂、本当にごめんなさい」

ハッと我に返った花穂は、慌てて手を伸ばす。

「織江さん! やめてください。私は入社した時から今まで、たくさん織江さんに助けていただきました。感謝してもしきれません。これ以上望んだらバチが当たりますね。私のことなんか気にせず、どうか幸せになってくださいね」
「花穂……、ありがとう。会社は別々になるけど、いつでも連絡してきて。なんでも相談に乗るから」
「ありがとうございます。でも織江さん、これからはライバル同士ですよ? 私も負けていられませんからね」
「ふふっ、頼もしい。じゃあ、時々ランチにつき合って。そこでさり気なく詮索しちゃうから」
「分かりました。私もさり気なく探りを入れて、アイデアを聞き出しちゃいますからね」
「腹の探り合いね。たぬき芝居なら負けないわよ」

そう言って笑い合う。

「織江さん、本当にお世話になりました。どうか幸せになってくださいね。あと少しですが、月末までどうぞよろしくお願いします」
「ありがとう。私が持てる技術は全て花穂に伝えておくわね。その上で、これからはライバルになりましょう。あなたが相手なら、私ももっともっと勉強しなくちゃ」
「互角に戦えるよう、私もがんばりますね」

大きく頷き合うと、織江は最後に大地を振り返った。

「大地も、今までありがとう」
「こちらこそ。立場は変わるけど、これからも織江のデザインを楽しみにしてる」
「うん。私も大地のプランニング、いつもチェックしておく。それから大地、花穂のことくれぐれもよろしくね」
「ああ、分かった」

花穂はそんな二人のやり取りを見守る。

(浅倉さんは知っていたのね、織江さんが転職することを)

同期として複雑な心境だっただろうが、それでも織江の幸せを素直に喜んだのだろう。

(私もちゃんと織江さんを笑顔で送り出さなきゃ)

ギュッと拳を握りしめて心に決めた。