「なんて綺麗……」
思わず呟いて、花穂は足を止めた。
カフェでのアルバイトの帰り道、時刻は22時半。
営業を終えて照明を落とした店が並ぶ銀座の一角に、その建物はそこだけがまるで別世界のように煌めいていた。
花穂は吸い寄せられるように近づき、ガラスの向こうに広がる空間に目を見開く。
純白の布が天井から波のように連なるドレープ。
足元にちりばめられたクリスタルの輝き。
壁には水面のような光が揺らめき、ショーケースに並ぶ数々のジュエリーが、天からの授かりもののように美しく浮かび上がっていた。
(素敵……)
花穂は無意識にかばんからスマートフォンを取り出し、夢中で写真を撮る。
どの角度から切り取っても、その空間は少しの狂いもなく完成された世界だった。
ガラス越しにカシャカシャと何枚も撮影していると、ふいに後ろから「君、ちょっと」という声が聞こえてきて、花穂はギクリとする。
振り返ると左手にタブレット、右手に何かの書類を持った背の高い男性が、訝しげな表情で立っていた。
「関係者の人? メディアじゃないよね?」
そう聞かれて、花穂はハッとする。
(いつもの癖で写真撮っちゃってた)
慌てて男性に向き直り、頭を下げた。
「すみません。勝手に撮影してしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだけど。その写真どうするつもり? 明日のオープニングセレモニーの前にSNSなんかに上げられると困る」
「いえ、そんなことをするつもりはありません。私、美術大学でデザインを学んでいまして、ふと目に留まったデザインを写真に撮って勉強させてもらっています。このお店の空間デザインがあまりにも素敵で、心惹かれてしまって……」
すると男性は、「ああ」とにこやかに表情を変えた。
「分かる。俺も昔そうだったから」
そう言うと花穂と肩を並べて店内に目をやる。
「このデザイン、気に入ってくれたんだ」
「はい、それはもう! 異次元の美しさです」
「そんなに?」
花穂は、嬉しそうな笑みを浮かべる男性の横顔を見上げた。
「もしかして、あなたがこのデザインを?」
「ああ」
「そうなんですね! 本当に素敵です、この空間デザイン。純白で統一されているのにすごく華やかですし、透明感とか輝きの美しさが高貴な雰囲気を醸し出していて、なんだか違う世界に来たみたい」
興奮気味にまくし立てると、男性は花穂を見て、ふっと頬を緩めた。
「ありがとう。そんなふうに言ってもらえて嬉しい」
切れ長の目を細めて優しく笑いかけられ、花穂はドキッとする。
思わず目をそらしてうつむくと、男性はポンポンと花穂の頭に手をやってから歩き出した。
「じゃあね、デザイナーのひよこちゃん」
その言葉と頭に置かれた大きな手のひらの感触が、余韻となっていつまでも胸に残る。
花穂、美術大学4年生の春。
それがたったひとりの運命の人との出逢いだった。
思わず呟いて、花穂は足を止めた。
カフェでのアルバイトの帰り道、時刻は22時半。
営業を終えて照明を落とした店が並ぶ銀座の一角に、その建物はそこだけがまるで別世界のように煌めいていた。
花穂は吸い寄せられるように近づき、ガラスの向こうに広がる空間に目を見開く。
純白の布が天井から波のように連なるドレープ。
足元にちりばめられたクリスタルの輝き。
壁には水面のような光が揺らめき、ショーケースに並ぶ数々のジュエリーが、天からの授かりもののように美しく浮かび上がっていた。
(素敵……)
花穂は無意識にかばんからスマートフォンを取り出し、夢中で写真を撮る。
どの角度から切り取っても、その空間は少しの狂いもなく完成された世界だった。
ガラス越しにカシャカシャと何枚も撮影していると、ふいに後ろから「君、ちょっと」という声が聞こえてきて、花穂はギクリとする。
振り返ると左手にタブレット、右手に何かの書類を持った背の高い男性が、訝しげな表情で立っていた。
「関係者の人? メディアじゃないよね?」
そう聞かれて、花穂はハッとする。
(いつもの癖で写真撮っちゃってた)
慌てて男性に向き直り、頭を下げた。
「すみません。勝手に撮影してしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだけど。その写真どうするつもり? 明日のオープニングセレモニーの前にSNSなんかに上げられると困る」
「いえ、そんなことをするつもりはありません。私、美術大学でデザインを学んでいまして、ふと目に留まったデザインを写真に撮って勉強させてもらっています。このお店の空間デザインがあまりにも素敵で、心惹かれてしまって……」
すると男性は、「ああ」とにこやかに表情を変えた。
「分かる。俺も昔そうだったから」
そう言うと花穂と肩を並べて店内に目をやる。
「このデザイン、気に入ってくれたんだ」
「はい、それはもう! 異次元の美しさです」
「そんなに?」
花穂は、嬉しそうな笑みを浮かべる男性の横顔を見上げた。
「もしかして、あなたがこのデザインを?」
「ああ」
「そうなんですね! 本当に素敵です、この空間デザイン。純白で統一されているのにすごく華やかですし、透明感とか輝きの美しさが高貴な雰囲気を醸し出していて、なんだか違う世界に来たみたい」
興奮気味にまくし立てると、男性は花穂を見て、ふっと頬を緩めた。
「ありがとう。そんなふうに言ってもらえて嬉しい」
切れ長の目を細めて優しく笑いかけられ、花穂はドキッとする。
思わず目をそらしてうつむくと、男性はポンポンと花穂の頭に手をやってから歩き出した。
「じゃあね、デザイナーのひよこちゃん」
その言葉と頭に置かれた大きな手のひらの感触が、余韻となっていつまでも胸に残る。
花穂、美術大学4年生の春。
それがたったひとりの運命の人との出逢いだった。



