「君に花を贈る」番外編……各所の花壇にて

「うう、またうまくいかなかった……」

 私、由紀花音が温室に苗を見にいったら、しんなりと葉っぱが垂れていた。
 かわいいバラを見つけたから自分でも育てたくて、うまくいけばたくさん育てて、出荷もしたい。そう思って種を撒いたけど、全然うまく育たない。
 どこがいけないんだろう。寒くしすぎないように、水も控えめにしてるのに。

「花音ー?」

 タブレット片手に温室に入ってきたのは兄の瑞希で、私の前にある苗に目を止めた。

「ここじゃ暑すぎるだろ」
「え……?」
「この品種は、もうちょい室温下げないとダメ」
「……そっかあ」

 空調の設定を少し変える。苗の場所も、温室内で気温低目の場所に移動してみる。

「それで、何か用だった?」

 瑞希の方を見ると、私が育てている他の苗を眺めていた。どれもまだ、市場に出せるような花には育っていない。

「明日、市場に持って行きたい花があるか聞きに来た。親父の腰が完全にダメだから、代わりにお前が行って」
「えっ、うん……」

 市場に卸に行くのは初めてだった。もっと自信がついてから、行こうと思ってたのに……。父の足跡は遠くまで続いていて、兄の背中さえ、今の私にはまだ追いつけない。

「あ、このチューリップもらっていい?」

 瑞希は、やっときれいに咲いてくれたチューリップを手に取った。
 初めて一人で育てた花で、たぶん来年には出荷できそうな品。

「いいけど……」
「お得意様に試供品として渡そうと思って。……あいつ、こういうの好きそうだし」
「あいつ?」
「なんでもない。リストは登録してあるから確認しといて。他に持って行きたいものがあれば入れておいて。よろしく」

 瑞希はそう言って温室を出ていった。その背中は、やっぱり遠くて大きかった。
 先ほどのチューリップを手に取る。これを気に入ってくれる人が、誰か一人でもいたら……私は、父と兄の足跡を少しでも辿れている気がする。