「君に花を贈る」番外編……各所の花壇にて

 朝からの雨は止まず、夕方に来た花音ちゃんもレインコート姿だった。せっかくの七夕が雨なのは残念だけど、俺の織姫が来てくれたから、お菓子とお茶を出して、できる限りもてなした。

「俺の織姫様、いるー?」

 そう言いながら裏口から親父が入ってきて、花音ちゃんと俺を見て笑顔を消した。

「親父、わかりやすすぎるって」
「息子に愛想振りまく必要あるか? 俺の愛想は桐子さん専用なんだよ」
「知ってるけどさあ。母さんなら……」
「はいはい、ちゃんといますよ」

 軒先で雨を掃き出していた母親が、店に戻ってきた。親父は顔をしかめて、手近にあったタオルで母親の髪を拭いた。

「桐子さん、こんなに濡れて……掃除なんて藤乃にやらせときゃよかったのに」
「藤乃は花音ちゃんの相手をしてたから、邪魔にならないように外に出てたのよ」
「邪魔だなんて、そんなこと……」

 花音ちゃんが困った顔で腰を浮かせた。皿も空になったし、親父もうるさい。ちょうどいいタイミングだ。

「花音ちゃん、車まで送るよ」
「えっ、でも雨ですし……」
「傘、一緒に入ろう。ここにいても、俺が邪魔になるからさ」
「そうだそうだ、出てけ。ついでに倉庫の片付けもしといてな。終わったら帰って風呂と夕飯の支度しとけ」
「……息子の使い方が荒すぎる……」

 裏口のビニール傘の中から大きめの一本を選び、台車を押す花音ちゃんの方に傾けた。

「藤乃さん、肩濡れてます。もう少し、寄ってもらって大丈夫ですよ」
「ありがとう」

 ほんの少し近づくと、雨の匂いに混じって花のようないい香りがした。抱き寄せたい気持ちを抑えながら、雨の中を並んで歩いた。

「送ってくれて、ありがとうございました」

 花音ちゃんは台車を積んで、運転席に乗り込む。

「気にしないで。俺も、織姫様と少しでも長く一緒にいたかっただけだから」
「……私も、藤乃さんと少しでも長くいたいけど、彦星だと年に一度しか会えないから……やだな」

 ドアを締める直前、ほんの少しだけ花音ちゃんの唇が尖る。

「……うん。そうだね。来年じゃなくて、また明日会いたいな」
「はい。明日の朝は、父と一緒に市場に行きます」

 花音ちゃんが車のドアを閉める直前、空を見上げると、雨はすっかり止んでいた。雲の合間からわずかに星が瞬いていて、花音ちゃんも気づいたのか、空を見上げる。

「いい夜ですね」
「うん。すごくいい夜だ」

 時間が止まってほしいと思うくらい、いい夜だった。