「君に花を贈る」番外編……各所の花壇にて

 大学受験の前日、最後の面接練習を終えて進路指導室を出ると、瑞希が待っていた。

「なあ藤乃、春休みに免許取りに行こうぜ」
「……俺、明日面接なんだけど」
「知ってる。だから春休み。あ、冬休みでもいいか」
「まあ、いいけど」

 どっちにしろ、仕事をするのに必要になる。
 並んで歩いていると、瑞希がパンフレットを広げた。

「これ、合宿行こうぜ。卒業旅行代わりにさ。温泉入り放題だって」
「……男二人で? 女の子たちと行かなくていいのか?」

 そう聞くと、なぜか瑞希はやたらと楽しそうに笑った。

「いいんだよ、あれは高校までって決めてる。全員にそう言って、納得してもらってる。卒業式が終わったら解散。でも、お前は別」
「まあ、そうだけど」

 うちと瑞希の家は仕事でもつながりがあって、親同士も仲がいい。親父同士は月に一回は必ず飲んでる。

「それにさ」

 瑞希が少しむくれた顔で、窓の外に目を向けた。
 西日に照らされた校庭では、野球部とサッカー部が一緒にランニングしていた。遠くからは、テニスボールの跳ねる音が聞こえてくる。
 東の空には、細い三日月が白く浮かんでいた。

「……藤乃は大学行くし、俺は実家だし。別にいいけどさ。自分で決めたことだし」

 瑞希がぽつりと呟く。
 俺は返事をせず、三日月を見上げた。頼りなく、ひとりで浮かんでいる。

「瑞希、パンフ見せて」
「ん、おお」

 受け取った免許合宿のパンフレットが、やけにキラキラして見えた。一人なら絶対に行きたくない。でも、瑞希がいるなら行ってもいい。

「朝晩バイキング付きだってさ。せっかくだし、春休み全部使って行こう」
「どんだけだよ。さっさと終わらせてさ、海沿いドライブしようぜ」
「俺と瑞希の二人で?」
「藤乃と俺の二人で」
「瑞希、俺のこと大好きだろ」
「全然」

 校舎を出て並んで歩く。さっきより、三日月が少しだけ明るくなった気がした。