「君に花を贈る」番外編……各所の花壇にて

 妹の声がして辺りを見渡すと、温室で花を見ながらタブレットを操作しているのが見えた。
 ……どうやら鼻歌が排気管みたいに漏れてたらしい。藤乃に会ってから、妹はかなり明るくなった。
 もともと暗いやつじゃなかったけど、背中を丸めがちで、引っ込み思案で、おとなしかった。
 女にしては背が高くて、それで嫌な思いもたくさんしてきた。親父にベッタリな伯母たちが、陰で嫌味を言ってるのも知ってる。昔、一度口を出したら、かえって花音が余計に嫌味を言われて、俺はそれきり何もできなくなった。
 納屋に向かう途中でスマホが震えた。

「……もしもし?」
『瑞希くん、久しぶり! 今度、遊ばない?』
 電話の向こうの声は高校の時の知り合いだ。
「や、今忙しいから無理」
『あ、もしかして彼女いる?いいよ、気にしなくて』
「いや?  俺、今まで彼女いたことないし」
『……え? あたしは……?』

 何も言わなくなったから電話を切る。
 ……俺は、今まで彼女なんて一度もいなかった。相手がどう思ってたかは、知らないけど。
 納屋に入って、手に持ったままのスマホを操作する。
 アドレス帳の一番下の名前をタップすると、すぐに出た。

『なに?』
「藤乃、あとで飯行こう。肉な」
『三丁目の焼き肉は?』
「そこで。終わったら行く」

 藤乃との会話はそれで終わり。
 会ったって大した話はしない。たぶん妹の惚気話を延々聞かされるだけだ。でも、俺のことをわかったふうに語らない藤乃は、嫌いじゃない
 さっきの電話のこともきっと、

「自業自得だろ」

 なんて言って、すぐに別の話を始めるだろう。ああ、でも、「花音ちゃん連れてきてよ」とは言われるかな。


 ……実際は言われなかった。
 ウーロン茶を飲みながら様子を見ても、いつも通りに肉を焼いている。

「花音いなくてよかった?」
「いたら嬉しいけどさ。でも、瑞希が話したいのかと思ったから。なんかムカつくことでもあった?」
「察しがよすぎて、可愛げがねえな」

 つい憎まれ口を叩いたら、藤乃はニヤッと笑った。

「それくらい、わかるよ。俺、由紀兄妹のこと大好きだから」
「そうかよ」

 らしくもなく嬉しかったから、大きい肉を藤乃の皿に乗せてやった。
 店のスピーカーから懐かしい曲が流れてきて、つい口ずさむくらいには嬉しかった。