「君に花を贈る」番外編……各所の花壇にて

 卒業式が終わって、教室を出た。
 小走りで廊下を抜けて靴を履き替えたら、そのまま全力で走った。
 校門の横に立ってたその人が、私に気づいてブーケを抱え直した。

「朝海くん! お待たせ!」
「卒業、おめでとう葵」

 差し出されたのは、大きくてピンクメインの可愛いブーケ。絶対、師匠の作品だ。

「ありがとう、朝海くん。……これ、作りにいってくれたの?」
「わかるのか」
「わかるよ。ありがとう。嬉しいな」
「……私ではなく、」
「朝海くんが、これを持ってきてくれたことが嬉しいの。もしかして、花も朝海くんが選んでくれた?」
「ああ。……葵」

 真剣な声に、私もちゃんと顔を上げて、まっすぐ朝海くんを見た。

「はい」
「お前が、もし、まだ私を待っていてくれたなら、私と付き合ってほしい」
「……はい、喜んで」

 朝海くんの顔が、ホッとしたようにゆるんだ。いつもキリッとしている人だけど、こういうときに緊張してくれたのが嬉しい……って言ったら変かな。

「行こう、朝海くん」
「ああ……」

 ブーケを抱えて歩き出すと、朝海くんの手が差し出された。

「持つ」
「でも……」
「空いた手を、つないでくれ」
「ふふ、わかった」

 朝海くんは片手でブーケを持って、もう片方の手で私の手を握ってくれた。大きくて、あったかくて、ちょっとゴツゴツしてる。働いてる男の人の手だ。

「うふふ、嬉しい」
「……そうか」
「うん。三年間片思いしてたから」

 つないだ手が、ぎゅっと握り返された。見上げたら、ちょっとぎこちない顔の朝海くんが私を見てた。

「春休み中、二、三回は会えると思う」
「うん、楽しみにしてる」
「あとで連絡する」
「わかった、待ってるね」
「……葵」
「うん?」

 学校から駅に向かう道。今日で最後の桜並木。三月半ばでまだ全然咲いてなくて寒いけど、木の隙間から見える空は、ちょっと濃いめの青だった。

「春休み、どこか行きたいとこあるか?……春休みじゃなくても、いつか行こう」
「そうだなあ」

 朝海くんの手を握って考える。
 普通の、大学生くらいのカップルってどこに遊びに行くんだろう。

「お花見行きたいな」
「……わかった」
「あとねえ、水族館」
「行こう」

 朝海くんが気を遣ってくれてるの、なんとなくわかるから、私はあえておねだりした。
 ……誰かと比べなくたって、私は朝海くんだけが好きなんだけどね。
 家の最寄り駅でお昼を食べて、ゆっくり歩いて帰る。
 家の前で、もう一度花束を受け取った。

「ありがとう、朝海くん。大事にするね」
「……ああ。卒業、おめでとう」
「ありがとう。……待っててくれて」
「待つさ。いくらでも」

 肩に手がそっと乗って、一瞬だけ唇が触れた。二人の間の花束が、ふわっと香った。