「君に花を贈る」番外編……各所の花壇にて

 初夏の夜、仕事帰りにいつものラーメン屋に立ち寄った。

「藤乃さん、いらっしゃいませ」
「よお、理人」
「……僕、あと一時間で上がりますよ」
「相変わらず察しがいいね、お前は」
「藤乃さんが分り易すぎるんです」

 券売機で担々麺と餃子のチケットを買い、理人に渡す。空いていた席に腰を下ろし、水を飲む。

 一時間後、俺と理人は近くのファーストフード店のカウンターに並んでいた。俺の前にはアイスコーヒー、理人の前にはハンバーガーが二つ、ポテト、ナゲット、そして特大サイズの紙コップがある。

「菅野さんから聞いたんですか?」
「……知ってた?」
「ええ。ゴールデンウィーク前に聞きました。……どうぞ」

 理人が苦笑しながらハンカチを差し出す。それで、自分が泣きかけていることにようやく気づいた。

「泣くくらいなら、最初から菅野さんの気持ちに応えていればよかったのに」
「……それは無理。葵をそういう風には見られない」

 勃たないし――さすがにそれは、理人には言えない。

「大きい子が好きって、わざと大きな声で言ってたのも、たぶん葵をそういう対象にしたくなかったからだと思う」
「じゃあ、泣く資格ないですね」
「……ほんとにな。たぶん俺、理人に叱られたかったんだと思う」

 素直にそう言うと理人は微笑んで頷いた。

「叱るだけでよければ、いくらでも。今日、宿題が多くて困ってたんです」
「嘘つけ。お前に分かんない問題なんかないだろ」
「……そうでもありません」

 理人はトレーを脇に寄せて、カバンから教科書を取り出した。科目は化学と数学と英語。まあ、手伝えなくもない。

「ここなんですけど」
「これはさ……」

 化学の教科書を覗き込んで、説明していく。
 理人はこうして、俺の罪悪感やどうしようもないモヤモヤを、いつもさらっと払ってくれる。だからつい甘えてしまうけど、呆れられる前に、程々にしておきたい。

「悪いな、情けなくて」
「かまいません。藤乃さんはそれだけじゃありませんから」

 どうにも、こいつがくれるものに、俺が返せるものは釣り合わない気がする。いつか俺はこいつに借りをすべて返すことができるだろうか。