部屋は個室で、窓の外の星空を眺めていた。きらりと光るものが流れた。
流れ星だろうか。
星降る夜に肩を寄せ合って一緒にいられたらどんなに幸せだろうか。
でも、あの人と付き合ったら面倒だろうとのどかはため息をついた。
すると、ノックの音がする。まさかの予想外の出来事。
夜遅くにも関わらず、ナルおにいさんが私の部屋にやってきた。
「こういうときのほうが、週刊誌に嗅ぎつけられることもないからな」
人刺し指を一本たてにして「しーっ」といいながら入ってきた。
のどかは声にならずに、部屋着のまま立ち尽くしていた。
メイクも落としてしまい、ノーメイクのままなのにと考えていた。
「何しに来たの?」
「お前の顔を見に遊びに来たんだって」
「ノーメイクの顔を……?」
「おまえはメイクしてもしなくても、変わらないな」
それは褒められているのか、けなされているのかどちらなのだろうか。
突然おにいさんが壁ドンをする。少女漫画ならば胸キュンポイントだが、いまいち自分の立ち位置がわからない。
どうすればいいのか何が目的なのか、わからないでいた。
「なんで連絡してこない?」
「文章が思いつかなくって……毎日会うから直接話せばいいし」
「俺の連絡先知っているのは、超貴重だぞ」
「個人的に連絡とりあうのって、やっぱりうたのおねえさんとしては失格だと思うし」
「なんでお前はそんなに馬鹿まじめなんだろうな……」
それは不意打ちの出来事だった。キスされたのだ。
ファーストキスだったのに――それも憧れの人と不意打ちで。
「おまえなんか、大嫌いだけどな」
なんたる発言。こんなこと言われたら普通幻滅するのだろうが、相手は超美形男子。
何を言われても私のような恋愛初心者は心を許してしまう。
「私のこと嫌いなのに、なんでキスするの?」
「俺のものにしたいからに決まっているだろ」
「なんで……?」
矛盾しているこの発言。このドS男は俺様気質がすごい。
切れ長の瞳がきれいで、目力が鋭く刃のごとく切り刻まれそうだった。
なぜかはわからないけど、この危険オーラ爆発のおにいさんに好かれてしまったのだろうか?
かなり物好きなおにいさん……これは運命だと勘違いしてもいいものだろうか?
でも、この曲者と恋愛初心者の私が交際するのは――至難の業だろう。
「キス=交際とか思っているんじゃないだろうな? つきあうつもりはないから」
何――その急に天国から地獄に振り落とすようなセリフ。
あからさまにがっかりな表情をしてしまった。
「うたのおにいさんを卒業したら、つきあうか?」
え……? 何、その提案?
「俺のこと好きだろ?」
「好きじゃないよ」
「そんなこというなら、キスするぞ」
まさかの二回目? 瞳を閉じて、キス態勢完了。
「痛っ……」デコピンされた。キスではなかった。
期待したのが馬鹿だった。
「ちゃんと連絡しろよな、待っているからな」
といいながら……二回目の深いキスをナルおにいさんからプレゼントされた。
まさかの二回目。
右肩が触れるだけで、緊張していたのに、こんなことがあるなんて。
まるで私への扱いはペットだ。ペットのように私の髪を撫でる。
ナルおにいさんの瞳は美しいけれど、どこか氷のような冷たさを秘めていた。
もし、この人の氷を解かすことができれば、彼に本当の幸せを与えられるのかもしれない。
でも、私たちは 禁断の愛だ。世間に知られてはいけない。
もちろんスタッフにも仲間にも、この恋は絶対秘密事項だ。
後日、返事を特にしないまま、バーで二人で仕事をする。
気まずいし、恥ずかしいと思っていたが、ナルお兄さんはバーテンの神酒さんとなり、普通に仕事をしていた。
自分ばかり意識しているなんて馬鹿みたいだと思う。
お客さんの相談に乗る神酒さんはいつも通りかっこいい。
あの人から告白されたんだよね。信じられない。夢だったのかもしれない。
「芸人として事務所に所属しているんですが、人気が出なくて、面白くなれるカクテルってありますか?」
「ありますよ。意外性と面白さって紙一重なんですよね。今日は見た目も珍しいカクテルをお出しします。カクテルというのは様々なものが混じりあってひとつになった飲み物です。芸能の世界を目指すならば、こちらのカクテルをお勧めしますよ。かき氷の上にカクテルを混ぜ合わせて色を付けています。かき氷のレインボーカクテルです」
「笑いは一瞬、面白さなんて一瞬です。だから、笑いはすぐとけてなくなってしまう氷に非常に酷似していますよね。色がきれいだと思ってもすぐに混ざり合ってしまいます。混ざり合ってしまうと本当の味はわからなくなってしまいます。でも、結果的においしければいいんです」
「つまり、あと味がよければ、笑いもおいしいってことですかね」
「面白さなんて目で見ることはできないですからね。でも、人によって味の好みがあるように笑いにも好みがあります。おいしいと感じてくれる人が多いものが一般的に言うおいしいという食べ物ですからね」
「意外性と斬新さで勝負してみます」
「誰もまだ開拓していないことをやってみることも、目を引くことになりますからね」
すると、客である芸人が突然意表を突いたことを言う。
「お二人ってキッズソングのおにいさんとおねえさんですよね? 今俺のチャンネルで配信しちゃってるんですよね。噂のバーでキッズソングのおにいさんとおねえさんが働いてるらしいっていう動画なんですけど。すみません。許可なしですけど、もうネットがざわついて、一躍俺の動画がトレンドに上がってるみたいで。再生回数爆上がりで、ありがとうございます」
男は急に大きな声で配信をカミングアウトした。
それだけ世間の話題になるネタを探していたのだろう。
売れるためには大変だと思う。
神酒がスマホで確認する。
『マジかよ』
『副業ってオッケーなの??』
『幻のバーテンってうたのおにいさん?』
『変装もイケメン』
などと書かれていた。
「配信には気づいていましたけど、あなたが一躍有名になれるようにあえて気づかぬふりをしていました。ちなみにキッズソングは公共放送ではないため、副業は禁止じゃないんですよ。テレビ局にも仕事をしていることは報告してるので。身バレするの面倒だったんで一応変装してましたけど、お店の宣伝ありがとうございます。こちらとしては集客効果が高まるので大歓迎です」
にこやかにカメラに向かって神酒はウィッグと眼鏡をとり、笑顔を向けた。
芸人は一躍ネット上では有名になったが、その後の企画はあまり再生回数は伸びなかったようだった。
閉店間際に聞いてみた。
「神酒さんって動画配信気づいていたのに、なんで止めなかったんですか? なんでバーテンの仕事引き受けて続けているんですか?」
「人間が好きだからかな」
「意外、神酒さんって人間が好きなイメージないんですけれど」
「どんな偏見かよ」
神酒は相変わらず口元だけ口角が上がっているが、目は笑っていない。
「カクテルひとつで人生を変えちゃう神酒さんが凄いですよ」
「他人の人生を変えるのが面白くて、創作カクテルを日々開発することが生きがいというのが本音かもしれないな。音楽の世界よりこっちのほうが最近面白いのが本音」
「その理由が神酒さんぽくてしっくりくるなぁ」
「でも、なんで私のことを好きになってくれたんですか?」
「からかうと面白いし、いつも一生懸命で俺とは違うなって思ってさ」
「私の容姿がかわいいから好きになってくれたのかと思ってましたよ」
「ナルおにいさん大好きっていう気持ちが駄々洩れしていたから、まぁ仕方なく」
「少しくらいかわいいって思ってくださいよ」
「思うように努力するって」
「ひどーい、まるでかわいくないと言っているようなものじゃないですか」
「一緒に飲むと両思いになる禁断のカクテルを創ったんだけどさ。俺も飲むからおまえも飲め」
どういう意味だろう。これを飲んだら両思いということ?
甘い香りに誘われて二葉は飲んでみる。同時に神酒も飲む。
「つまり、俺たちは両想いってことだな」
神酒もといナルおにいさんがほほ笑んだ。
「よろしくおねがいします」
きつねにつままれたような話だ。
「これ、普通のノンアルカクテルだから、特別なものは入ってないんだけど」
「神酒さんというかナルおにいさんのこと大好きだから」
その言葉を言った直後、彼はにこりとしてぎゅっと抱きしめた。
「その言葉が聞きたくて、禁断のカクテルとか言ってしまったけど、俺でいいのか?」
「できればキッズソングの卒業前にお付き合いしたいです」
付き合ってはいけないという規則はなかった。
禁断とは思っていたけど、それは私の思い込みだ。
彼の特別になりたい。付き合いたい、そう思った。
「うれしい。付き合おう」
神酒さんらしくない毒舌抜きの優しい台詞が心地よく耳に届いた。
流れ星だろうか。
星降る夜に肩を寄せ合って一緒にいられたらどんなに幸せだろうか。
でも、あの人と付き合ったら面倒だろうとのどかはため息をついた。
すると、ノックの音がする。まさかの予想外の出来事。
夜遅くにも関わらず、ナルおにいさんが私の部屋にやってきた。
「こういうときのほうが、週刊誌に嗅ぎつけられることもないからな」
人刺し指を一本たてにして「しーっ」といいながら入ってきた。
のどかは声にならずに、部屋着のまま立ち尽くしていた。
メイクも落としてしまい、ノーメイクのままなのにと考えていた。
「何しに来たの?」
「お前の顔を見に遊びに来たんだって」
「ノーメイクの顔を……?」
「おまえはメイクしてもしなくても、変わらないな」
それは褒められているのか、けなされているのかどちらなのだろうか。
突然おにいさんが壁ドンをする。少女漫画ならば胸キュンポイントだが、いまいち自分の立ち位置がわからない。
どうすればいいのか何が目的なのか、わからないでいた。
「なんで連絡してこない?」
「文章が思いつかなくって……毎日会うから直接話せばいいし」
「俺の連絡先知っているのは、超貴重だぞ」
「個人的に連絡とりあうのって、やっぱりうたのおねえさんとしては失格だと思うし」
「なんでお前はそんなに馬鹿まじめなんだろうな……」
それは不意打ちの出来事だった。キスされたのだ。
ファーストキスだったのに――それも憧れの人と不意打ちで。
「おまえなんか、大嫌いだけどな」
なんたる発言。こんなこと言われたら普通幻滅するのだろうが、相手は超美形男子。
何を言われても私のような恋愛初心者は心を許してしまう。
「私のこと嫌いなのに、なんでキスするの?」
「俺のものにしたいからに決まっているだろ」
「なんで……?」
矛盾しているこの発言。このドS男は俺様気質がすごい。
切れ長の瞳がきれいで、目力が鋭く刃のごとく切り刻まれそうだった。
なぜかはわからないけど、この危険オーラ爆発のおにいさんに好かれてしまったのだろうか?
かなり物好きなおにいさん……これは運命だと勘違いしてもいいものだろうか?
でも、この曲者と恋愛初心者の私が交際するのは――至難の業だろう。
「キス=交際とか思っているんじゃないだろうな? つきあうつもりはないから」
何――その急に天国から地獄に振り落とすようなセリフ。
あからさまにがっかりな表情をしてしまった。
「うたのおにいさんを卒業したら、つきあうか?」
え……? 何、その提案?
「俺のこと好きだろ?」
「好きじゃないよ」
「そんなこというなら、キスするぞ」
まさかの二回目? 瞳を閉じて、キス態勢完了。
「痛っ……」デコピンされた。キスではなかった。
期待したのが馬鹿だった。
「ちゃんと連絡しろよな、待っているからな」
といいながら……二回目の深いキスをナルおにいさんからプレゼントされた。
まさかの二回目。
右肩が触れるだけで、緊張していたのに、こんなことがあるなんて。
まるで私への扱いはペットだ。ペットのように私の髪を撫でる。
ナルおにいさんの瞳は美しいけれど、どこか氷のような冷たさを秘めていた。
もし、この人の氷を解かすことができれば、彼に本当の幸せを与えられるのかもしれない。
でも、私たちは 禁断の愛だ。世間に知られてはいけない。
もちろんスタッフにも仲間にも、この恋は絶対秘密事項だ。
後日、返事を特にしないまま、バーで二人で仕事をする。
気まずいし、恥ずかしいと思っていたが、ナルお兄さんはバーテンの神酒さんとなり、普通に仕事をしていた。
自分ばかり意識しているなんて馬鹿みたいだと思う。
お客さんの相談に乗る神酒さんはいつも通りかっこいい。
あの人から告白されたんだよね。信じられない。夢だったのかもしれない。
「芸人として事務所に所属しているんですが、人気が出なくて、面白くなれるカクテルってありますか?」
「ありますよ。意外性と面白さって紙一重なんですよね。今日は見た目も珍しいカクテルをお出しします。カクテルというのは様々なものが混じりあってひとつになった飲み物です。芸能の世界を目指すならば、こちらのカクテルをお勧めしますよ。かき氷の上にカクテルを混ぜ合わせて色を付けています。かき氷のレインボーカクテルです」
「笑いは一瞬、面白さなんて一瞬です。だから、笑いはすぐとけてなくなってしまう氷に非常に酷似していますよね。色がきれいだと思ってもすぐに混ざり合ってしまいます。混ざり合ってしまうと本当の味はわからなくなってしまいます。でも、結果的においしければいいんです」
「つまり、あと味がよければ、笑いもおいしいってことですかね」
「面白さなんて目で見ることはできないですからね。でも、人によって味の好みがあるように笑いにも好みがあります。おいしいと感じてくれる人が多いものが一般的に言うおいしいという食べ物ですからね」
「意外性と斬新さで勝負してみます」
「誰もまだ開拓していないことをやってみることも、目を引くことになりますからね」
すると、客である芸人が突然意表を突いたことを言う。
「お二人ってキッズソングのおにいさんとおねえさんですよね? 今俺のチャンネルで配信しちゃってるんですよね。噂のバーでキッズソングのおにいさんとおねえさんが働いてるらしいっていう動画なんですけど。すみません。許可なしですけど、もうネットがざわついて、一躍俺の動画がトレンドに上がってるみたいで。再生回数爆上がりで、ありがとうございます」
男は急に大きな声で配信をカミングアウトした。
それだけ世間の話題になるネタを探していたのだろう。
売れるためには大変だと思う。
神酒がスマホで確認する。
『マジかよ』
『副業ってオッケーなの??』
『幻のバーテンってうたのおにいさん?』
『変装もイケメン』
などと書かれていた。
「配信には気づいていましたけど、あなたが一躍有名になれるようにあえて気づかぬふりをしていました。ちなみにキッズソングは公共放送ではないため、副業は禁止じゃないんですよ。テレビ局にも仕事をしていることは報告してるので。身バレするの面倒だったんで一応変装してましたけど、お店の宣伝ありがとうございます。こちらとしては集客効果が高まるので大歓迎です」
にこやかにカメラに向かって神酒はウィッグと眼鏡をとり、笑顔を向けた。
芸人は一躍ネット上では有名になったが、その後の企画はあまり再生回数は伸びなかったようだった。
閉店間際に聞いてみた。
「神酒さんって動画配信気づいていたのに、なんで止めなかったんですか? なんでバーテンの仕事引き受けて続けているんですか?」
「人間が好きだからかな」
「意外、神酒さんって人間が好きなイメージないんですけれど」
「どんな偏見かよ」
神酒は相変わらず口元だけ口角が上がっているが、目は笑っていない。
「カクテルひとつで人生を変えちゃう神酒さんが凄いですよ」
「他人の人生を変えるのが面白くて、創作カクテルを日々開発することが生きがいというのが本音かもしれないな。音楽の世界よりこっちのほうが最近面白いのが本音」
「その理由が神酒さんぽくてしっくりくるなぁ」
「でも、なんで私のことを好きになってくれたんですか?」
「からかうと面白いし、いつも一生懸命で俺とは違うなって思ってさ」
「私の容姿がかわいいから好きになってくれたのかと思ってましたよ」
「ナルおにいさん大好きっていう気持ちが駄々洩れしていたから、まぁ仕方なく」
「少しくらいかわいいって思ってくださいよ」
「思うように努力するって」
「ひどーい、まるでかわいくないと言っているようなものじゃないですか」
「一緒に飲むと両思いになる禁断のカクテルを創ったんだけどさ。俺も飲むからおまえも飲め」
どういう意味だろう。これを飲んだら両思いということ?
甘い香りに誘われて二葉は飲んでみる。同時に神酒も飲む。
「つまり、俺たちは両想いってことだな」
神酒もといナルおにいさんがほほ笑んだ。
「よろしくおねがいします」
きつねにつままれたような話だ。
「これ、普通のノンアルカクテルだから、特別なものは入ってないんだけど」
「神酒さんというかナルおにいさんのこと大好きだから」
その言葉を言った直後、彼はにこりとしてぎゅっと抱きしめた。
「その言葉が聞きたくて、禁断のカクテルとか言ってしまったけど、俺でいいのか?」
「できればキッズソングの卒業前にお付き合いしたいです」
付き合ってはいけないという規則はなかった。
禁断とは思っていたけど、それは私の思い込みだ。
彼の特別になりたい。付き合いたい、そう思った。
「うれしい。付き合おう」
神酒さんらしくない毒舌抜きの優しい台詞が心地よく耳に届いた。



