放課後、中庭に向かうと、まだ誰の姿もなかった。
どうやら、三年生の授業はまだ終わっていないようだ。
せっかくなので、ゆっくりと中庭を見て回ることにした。
校舎はコの字型に建っていて、その内側に広がる中庭は、体育館ほどの広さがあった。
手前には桜の木が植えられていて、その下にはベンチがいくつも並んでいる。
その奥にはいくつもの花壇が整えられていて、今はチューリップやビオラ、ノースポールが風に揺れていた。
歩いていくとキンセンカにマーガレットも咲いているし、ナデシコももう少しで見頃だろう。
……どれもきちんと手入れされていて、藤宮先輩が大事に育てているのがよくわかる花壇だった。
「無理……好きすぎる……」
思わず呟く。
俺が須藤家の跡取りじゃなかったら、先輩が来た瞬間にでもプロポーズしてただろうな。
でも、そうじゃなかったら、きっと俺はこの中庭の良さも、先輩のことにも気づけなかった。
……まあ、あれだ。長男のくせに家業を俺に押し付けた兄貴が悪い。
そういうことにしておく。
「お待たせ!」
透き通った声がして、振り向いた。
カバンを抱えた先輩が駆け寄ってくる。
「……入部届、ちゃんと出してきました」
「ほんとに出してきたんだ。あ、名前聞いてなかったね。教えてくれる?」
「はい、須藤です。須藤小春」
「須藤小春くんか。見た目に似合わず、かわいらしい名前だね」
「よく言われます。女っぽいですよね」
「そうかも。でも……見かけの印象だけだけど、穏やかで優しそうだから、似合ってるのかもね、小春くん」
先輩がくすっと微笑んだ。
切れ長の瞳がやわらかく細められる。その表情が、たまらなくかわいい。
やっぱりこの人は、春の妖精かもしれない。
「ところで、須藤くん身長いくつ?」
突然、先輩が手を伸ばしてきた。
ぐっと距離が縮まる。
抱き寄せたい衝動を必死に堪えて、肩に掛けていたカバンをぎゅっと抱えた。
「中学の最後に測ったときは176センチでした。明日、身体測定があるので、また変わってるかもしれません」
「わあ、大きいね。私よりも20センチも背が高いんだ」
先輩が手を伸ばして、背伸びをする。
途端にふらついたから、咄嗟に抱きとめてしまう。
「ご、ごめん、ありがと……」
「いえ、すみません、触っちゃって」
腕の中で、先輩が困った顔で笑っている。
かわいい。かわいすぎて、心臓が痛い。
「藤宮先輩って、すごく……かわいいですね。本当に、人間なんですか……?」
「え、なに?どういうこと……?」
キョトンとした顔もかわいい。
切れ長の瞳が丸くなって、口がポカンと開いている。
キスしたい。でもきっと、したら止まれなくなる。
「今朝、振り向いた先輩があまりに綺麗で……妖精か何かなんじゃないかって、本気で思いました」
先輩がブワッと赤くなる。これ以上かわいくなるの止めてほしい。
「なに言ってるの……。あ、ほら、案内!案内するから……、ね!」
「……はい、すみません、つい長くなっちゃって。あまりにもかわいくて……手が、離せなかったんです」
泣く泣く手を離すと、顔を赤らめた先輩は、そっと距離を取った。
――離したくなかった。いや、離さなければよかった。
「きみ、誰にでもそんなこと言ってるの?」
カバンをベンチに置いて、先輩が苦笑している。
俺のカバンも隣に置いてから、先輩の顔を覗きこんだ。
「まさか、そんなわけないじゃないですか。こんなふうに、女の人のことを“かわいい”とか“綺麗だ”なんて思ったの、初めてです。――藤宮先輩は、俺の人生で一番綺麗な人です」
「……よく、そんな恥ずかしげもなく……!」
どうやら、三年生の授業はまだ終わっていないようだ。
せっかくなので、ゆっくりと中庭を見て回ることにした。
校舎はコの字型に建っていて、その内側に広がる中庭は、体育館ほどの広さがあった。
手前には桜の木が植えられていて、その下にはベンチがいくつも並んでいる。
その奥にはいくつもの花壇が整えられていて、今はチューリップやビオラ、ノースポールが風に揺れていた。
歩いていくとキンセンカにマーガレットも咲いているし、ナデシコももう少しで見頃だろう。
……どれもきちんと手入れされていて、藤宮先輩が大事に育てているのがよくわかる花壇だった。
「無理……好きすぎる……」
思わず呟く。
俺が須藤家の跡取りじゃなかったら、先輩が来た瞬間にでもプロポーズしてただろうな。
でも、そうじゃなかったら、きっと俺はこの中庭の良さも、先輩のことにも気づけなかった。
……まあ、あれだ。長男のくせに家業を俺に押し付けた兄貴が悪い。
そういうことにしておく。
「お待たせ!」
透き通った声がして、振り向いた。
カバンを抱えた先輩が駆け寄ってくる。
「……入部届、ちゃんと出してきました」
「ほんとに出してきたんだ。あ、名前聞いてなかったね。教えてくれる?」
「はい、須藤です。須藤小春」
「須藤小春くんか。見た目に似合わず、かわいらしい名前だね」
「よく言われます。女っぽいですよね」
「そうかも。でも……見かけの印象だけだけど、穏やかで優しそうだから、似合ってるのかもね、小春くん」
先輩がくすっと微笑んだ。
切れ長の瞳がやわらかく細められる。その表情が、たまらなくかわいい。
やっぱりこの人は、春の妖精かもしれない。
「ところで、須藤くん身長いくつ?」
突然、先輩が手を伸ばしてきた。
ぐっと距離が縮まる。
抱き寄せたい衝動を必死に堪えて、肩に掛けていたカバンをぎゅっと抱えた。
「中学の最後に測ったときは176センチでした。明日、身体測定があるので、また変わってるかもしれません」
「わあ、大きいね。私よりも20センチも背が高いんだ」
先輩が手を伸ばして、背伸びをする。
途端にふらついたから、咄嗟に抱きとめてしまう。
「ご、ごめん、ありがと……」
「いえ、すみません、触っちゃって」
腕の中で、先輩が困った顔で笑っている。
かわいい。かわいすぎて、心臓が痛い。
「藤宮先輩って、すごく……かわいいですね。本当に、人間なんですか……?」
「え、なに?どういうこと……?」
キョトンとした顔もかわいい。
切れ長の瞳が丸くなって、口がポカンと開いている。
キスしたい。でもきっと、したら止まれなくなる。
「今朝、振り向いた先輩があまりに綺麗で……妖精か何かなんじゃないかって、本気で思いました」
先輩がブワッと赤くなる。これ以上かわいくなるの止めてほしい。
「なに言ってるの……。あ、ほら、案内!案内するから……、ね!」
「……はい、すみません、つい長くなっちゃって。あまりにもかわいくて……手が、離せなかったんです」
泣く泣く手を離すと、顔を赤らめた先輩は、そっと距離を取った。
――離したくなかった。いや、離さなければよかった。
「きみ、誰にでもそんなこと言ってるの?」
カバンをベンチに置いて、先輩が苦笑している。
俺のカバンも隣に置いてから、先輩の顔を覗きこんだ。
「まさか、そんなわけないじゃないですか。こんなふうに、女の人のことを“かわいい”とか“綺麗だ”なんて思ったの、初めてです。――藤宮先輩は、俺の人生で一番綺麗な人です」
「……よく、そんな恥ずかしげもなく……!」



