進路指導室で、愛を叫んで

 休みをもらった日の昼ごはんのあと、私は小春くんの部屋の戸を叩いた。


「どうぞー……、あ、桐子さん。どうかしましたか?」


 小春くんが笑顔で立ち上がる。

 小春くんが向かっていた勉強机の上には、庭園の写真集や植物図鑑が広げられていた。

 静かに部屋に入って、音を立てないようにそっと戸を閉めた。

 勧められた座布団に正座する。


「あの……小春くん」


 低い机を挟んだ向かいに、小春くんが座る。

 穏やかで優しい、飴を煮溶かしたような、とろけるような甘い顔で私を見つめていた。

 高校生の時ときから変わらない熱っぽい眼差し。

 私はそろそろ、そのまなざしを受け入れたいと思っていた。


「半年前に、進路指導室で私に言ったこと、覚えてる?」


 小春くんの笑顔が引きつった。

 あっという間に真っ赤になって、視線が斜め上の方を泳いでいる。


「お……覚えてます……。全部……」

「……返事、してもいい?」

「えっ、あっ……心の準備、させてもらってもいいですか?」


 小春くんが目を逸らしてうつむいたので、私はそっと座布団から立ち上がった。

 机を回って、小春くんの真横に座る。

 下から覗き込むと、真っ赤な顔を逸らされる。


「小春くん」

「……あの、待って」

「待たない。私、高校の時も含めて三年我慢して、その後からまた半年待ってるんだよ」


 私の視線から逃げようとした小春くんがバランスを崩して床に倒れ込む。

 この瞬間だけは絶対に逃したくなくて、床に手をついて小春くんの顔を覗き込んだ。


「ちょ、桐子さん……!?」

「須藤小春くん。よろしくお願いします」

「えっ……?」

「だから、返事。結婚してくださいって言ったよね?」

「……い、言いました」

「小春くんと結婚します。不束者ですが、よろしくお願いします。……ほら、泣かないで」


 体を起こして、ベッドの上にあったティッシュを取ってくる。

 涙でくしゃくしゃの顔を拭いたら、手を握られた。

 小春くんはゆっくり起き上がる。


「……桐子さん。抱きしめてもいいですか?」

「いいよ。でも、もう離さないでね」

「はい。死ぬまで離しません」


 小春くんの腕に飛び込むと、その大きな体に包まれて、心の奥から安心感に満たされる。

 幸せすぎて、私も涙が止まらなかった。

 あの進路指導室で流した涙とは違う、温かい涙だった。