進路指導室で、愛を叫んで

 でも風呂場に行ったら親父がもう入っていた。


「あ、風呂入る? そろそろ出るよ」

「うん。先輩、疲れてるだろうから先に入ってもらうよ」

「それはいいけどよお。お前、いつまで先輩って呼ぶんだ?」

「……時期を見て、検討させてもらいます……」


 親父は湯船でゲラゲラ笑った。

 うるせえな。いいタイミングがないんだよ……!

 笑い転げる親父を無視して二階に戻った。

 兄貴の部屋……先輩の部屋の戸を叩くと、おそるおそる……という様子の先輩が顔を出す。


「風呂、今親父が入ってるんで、もうちょっと待ってください。空いたら声かけます」

「ありがとう。でも、私は最後でいいよ?」

「よくありません。最後は俺です。家庭内ヒエラルキー最下位が俺なんで。うちは母さん、姉さん、親父、俺の順です。先輩は姉さんと同率になります」

「そんな上の方に……」

「須藤家は”妻”が最上位です。だから母さんが一番上。先輩は申し訳ないですけど、俺の嫁って名目で入ってもらうので俺的には母さんと同じ順位だと思いますが、姉には逆らえないの、ちょっと確認してもらって……」

 そんなかっこ悪いことを言うと、先輩は目を丸くして、それからふっと口元を緩めて、小さく笑った。

 ……よかった。

 やっと笑ってくれた。


「須藤くん、お姉さんに弱いんだ」

「姉さんたち、怖いんですよ。……先輩、うち全員須藤なんで、名前で呼んでもらえませんか?」

「……小春くん」

「……ありがとうございます。嬉しいです」

「じゃあ、小春くんも……」

「おーい、小春ー、桐子さんー、風呂空いたぞー!」

 タイミングの悪い親父だ。

 でも、先輩には早く休んで欲しい。


「先輩……桐子さん。風呂、案内しますね」

「うん、ありがとう……小春くん」



 階段を降りて風呂を案内する。パジャマは秋絵姉のものを出しておく。

 ……まあ、あれだな。

 いろいろすっ飛ばして先輩はうちの人になっちゃったけど、同じ家に住んで、一緒に仕事してりゃ、そのうちいい感じになれるだろ。

 たぶん。

 風呂のすりガラスは見ないようにして、静かに脱衣所を出た。

 出たところで夏葉姉が通りかかって、ニヤッと笑った。


「がんばんなよ。母さんにおいしいところ全部持って行かれてるからね」

「……うるせえなあ。俺だって、やるときは……やる……やりたいし……」

「ダメじゃん」

「ぐう……」

 いや、なんとかなる!

 ……結局なんとかなったのは半年以上あとで、それも先輩に背中を押されて、やっとのことだった。

 最後まで、俺はかっこ悪いままだった。