「うん、分かった……」
私は、精一杯の笑顔を作って頷く。
「ほんとごめんな」
私にもう一度謝ると、晴人と谷原さんは楽しそうに話しながら、オレンジ色に染まる廊下を歩いていく。
晴人の少し大きな歩幅に、谷原さんが楽しそうに小走りする。その距離は、私と歩くときよりも、なぜかうんと近く見えた。
谷原さんの長い黒髪が、晴人の制服の肩に触れそうな距離で揺れている。
私はぽつんと、その場にひとり立ちつくす。
晴人、今日は私と一緒に帰るって約束していたのに……。
唇を噛みしめると、鉄の味がした。
晴人と谷原さんの背中が、夕暮れの廊下に長く伸びていく。
私は、二人の姿が見えなくなるまで、動くことができなかった。
あれから家に帰っても、晴人と谷原さんの姿が脳裏に焼きついて離れなかった。
谷原さんの、あの迷いのない真っ直ぐなアプローチ。私には絶対にできない、積極的な行動。
私は、自分の不器用さが嫌で嫌でたまらなかった。
もし、私がもう少し積極的だったら?
もし、私が谷原さんのように、当たり前のように晴人に触れられたら?
そんな「もしも」ばかりが頭を駆け巡り、胸の奥が締めつけられる。
このまま晴人が谷原さんに取られてしまうのではないかという漠然とした不安が、募っていくばかりだった。



