月明かりが差し込む離宮の一室。
白磁のように整ったドレス姿で、リディアは静かに佇んでいた。
傍らには、ひと束の手紙。
セレナ宛てに、国中から届き始めた祝福と感謝の言葉の写しだ。
(……この数、ほんの一月でこんなにも)
無言で目を通しながら、胸の奥で、何かが軋むような感覚がした。
あの日――
父に「神獣の番として、セレナを迎える」と宣言されたときの記憶が、胸に刺さる。
「まさか、セレナが……?」
最初は、ただ驚いた。
自分の方が年長で、宮中教育も修めていた。
幼い頃から、“王の隣に立つ者”として育てられてきたはずだったのに。
(なのに、気づけば……私は“選ばれなかった”)
静かに、髪を撫でる。
侍女たちが心を込めて整えた髪飾りが、やけに冷たく感じられた。
その日、リディアは庭園へ出た。
人気のない白薔薇のアーチをくぐりながら、ふと思い出すのは――妹と過ごした子供時代。
病弱で、外で遊べなかったセレナのために、物語を読み聞かせたこと。
小さな手を引いて、花を摘みに行ったこと。
(あの子はいつも、わたしの後ろを歩いていた)
それが、今や――
(……わたしは、いつから“置いていかれた”のかしら)
リディアの足が止まる。
ひとひら、白い花弁が風に舞って頬に触れた。
まるで、それが涙の代わりのように、儚く消えていった。
その夜、晩餐を終えた父王がふと漏らした。
「リディア。セレナは、よく務めている。お前も見守ってやってくれ」
「……ええ、もちろんですわ。あの子は優しく、誠実ですもの」
その場では、微笑みを保って応じた。
けれど、心の中は静かに、しんしんと冷えていた。
(見守る側。……それが、わたしの役目なの?)



