数日後。
神殿の書庫で、セレナはひとり机に向かっていた。
開いているのは、古代の祭儀に使われる香や薬草の資料。
「番妃さま、またいらしていたのですね」
そう声をかけたのは、司薬官のナリエル。
微笑む彼女に、セレナは照れくさそうに笑った。
「私、何かできることがあればと思って……少しでも学びたくて」
実は、最近アグレイスが夜ごと咳き込む姿を見かけた。
政務と軍務を抱える日々で、無理をしているのだろう。
(せめて、休まる香でも届けられたら……)
それが今のセレナの目標だった。
箱入りで、政も戦も知らない彼女が、はじめて「誰かを支えたい」と願った。
その夜。
セレナは、手作りの香を小さな袋に詰め、そっとアグレイスの部屋を訪ねた。
「アグレイスさま、今よろしいですか?」
「セレナ……? もちろんだ」
執務机に座っていたアグレイスが、少し驚いたように顔を上げた。
その目の下には、わずかな疲れの影。
「これ……、あなたに、と思って。休む時に使っていただけたら」
差し出された袋から、やわらかな香が広がった。
すぐに彼の表情が和らぐ。
「……これは?」
「書庫で教わって、調合してみたんです。安らぎの香……少しでも、あなたが楽になればいいなって」
アグレイスは、その袋を大切そうに両手で受け取った。
「ありがとう、セレナ。……嬉しい」
その一言に、セレナの胸がいっぱいになった。
「私……守られるだけじゃなくて、あなたの力になりたくて。何か小さなことでもいいから、あなたを支えられるようになりたいんです」



