翌朝。
セレナは身支度を整え、小さな荷物を馬車に積んだ。
辺境の修道院の人々が、誰一人として蔑まず、嘲らず、そっと見送ってくれる。
それだけで、胸がいっぱいだった。
「……いってきます。必ず、帰ってきます」
そう小さく告げた彼女の頬に、春の名残の風がそっと触れた。
この瞬間から、セレナの人生は、静かに――けれど確かに、大きく動き始めていた。
馬車は北の山々を越え、広大な平野を抜けて、数日をかけて王都へと向かっていた。
セレナにとって、王都へ戻るのは十年ぶりだった。
馬車の中で静かに窓の外を見つめながら、セレナは胸の奥に澱のように沈んでいた記憶を、そっと振り返る。
姉・リディアの華やかな笑顔。
母妃の冷たい視線。
宮廷で交わされる、上辺だけの言葉。
(私は……あの場所に、戻れるのだろうか)
手のひらをぎゅっと握りしめた。
その手は、知らないうちに少しだけ震えていた。



