一方その頃、王都の夜。
漆黒のドレスをまとった女が、静かに書斎の帳簿を閉じる。
「……祭も、無事に終わったようね。さすが、妹。良くもまあ、飾りものらしく」
美しく整った顔に浮かぶ微笑は、どこまでも冷たかった。
リディア。セレナの姉。
今や貴族派の中核を担い、王妃の座を失ってもなお、権勢を保ち続ける女。
彼女の傍らには、寡黙な宦官風の男が立っていた。
「神殿と民の心を繋げば、アグレイスは盤石となる。しかし……その番が失われれば?」
「……姉として、心から祝福したいだけ。妹の幸せを」
リディアは静かに席を立ち、硝子越しに夜空を見上げた。
「でも、“銀”は冷たく脆い。いつでも、砕けるわ」
星降る空の下、その言葉だけが、ひどく冷たく響いていた。
セレナはまだ知らない。
その純粋な願いが、誰かの嫉妬と陰りを呼ぶことを。
けれど今はただ――
彼の隣で、名を呼ばれる温もりに、そっと目を閉じていた。



