蒼銀の花嫁 〜捨てられ姫は神獣の番〜




 ふたりきりの帰り道。
 セレナは、胸の奥に広がるあたたかな光に戸惑っていた。


 (この気持ち……たぶん、きっと……)


 まだ“恋”とはっきり言葉にできないけれど。
 彼のそばにいると、泣きたくなるくらい安心する。
 こんな夜が、ずっと続いてほしいと――そう思った。

 祭の喧騒が静まった頃、セレナとアグレイスは神殿の中庭へと戻っていた。
 灯籠がゆらゆらと揺れ、星が天の川のように夜空を横切っている。


 「……祭、どうだった?」


 アグレイスの問いに、セレナは少し考えてから、やわらかく笑った。


 「とても、幸せでした。緊張していたけど……民の皆さんが笑っていて、それだけで、心があたたかくなりました」

 「そなたは、今日確かに皆の“希望”だった」

 「そんな……私は、まだ何もできていないのに」


 つぶやいた声に、アグレイスは歩みを止め、ゆっくりとセレナの手をとった。


 「“できるかどうか”ではない。“どうありたいか”を、そなたは今日、示した。それだけで十分だ」


 その言葉に、セレナはじわりと胸が熱くなるのを感じた。
 自分の不安を否定せず、そっと包むように言ってくれるこの人の言葉は――ただの優しさではない。


 (……好き)
 

 その想いが、ふいに胸に浮かんだ。

 気づかぬうちに芽吹いていた感情が、静かに、でも確かに形を成す。


 「アグレイスさま……」


 そっと彼を見上げれば、夜の星のように、やわらかく微笑むその顔。


 「そなたが笑うと、わたしの世界も明るくなる。……セレナ、その名を、呼ぶだけで満たされるほどに」

 「……あの、今夜だけ、お願いがあります」

 「何でも言ってみよ」

 「その……セレナって、もう一度、名前で……」


 赤くなりながら口にした願いに、アグレイスはわずかに瞳を細め、そしてそっと答える。


 「……セレナ。わたしの、大切な番。わたしの、誇り」 


 その声に、セレナは涙がこぼれそうになるのをこらえて、微笑んだ。

 手のひらが温かい。夜が静かで、甘く香る。
 このまま時が止まればいい――そう思えるほど、幸せな瞬間だった。