セレナは胸の奥に、こみあげてくる感情を抱えていた。
けれど、それにまだ名前をつけることが怖かった。
(好き……なのかな。違うのかな。でも……この人の隣にいると、心があたたかくなる)
アグレイスは静かにセレナの手を取った。
そして、手の甲に唇をそっと触れさせた。
「これからは、そなたを一人にしない。涙を流させない。……それがわたしの誓いだ」
「……アグレイス……」
名前を呼ぶ声が、震えそうになる。
「けれど……私は、政も知りません。あなたの番として何ができるかも分からない。神に選ばれたというのに、不安ばかりで……」
「知らずともよい。政も、国のことも、それは後の者がすべきこと。わたしが望むのは、“そなたのまま”でいることだ」
「……私のまま、で?」
「あの日泣いていた少女が、誰にも気づかれずに、それでも優しさを失わなかった。
そのまなざしのまま、笑ってくれれば、それでいい」
セレナは、胸がきゅうっと締めつけられるのを感じた。
今まで、自分の“ありのまま”を認めてくれる人など、誰一人いなかった。
価値を求められ、役割を押し付けられ、それに応えられない自分を、劣っているとさえ思っていた。
(でも……この人は、違う)
彼は、彼だけは――
自分のすべてを、優しく包んでくれる。



