「ありがとう……アグレイス。でも、怖いの。私が何かを間違えて、大切な人たちを傷つけてしまうんじゃないかって……」
「それでも君は、傷つけない道を選ぼうとするだろう。僕は、それを信じている」
アグレイスの瞳は、まっすぐにセレナを見ていた。
その視線が揺るがないからこそ、セレナもまた、心の中の迷いに立ち向かえるのだ。
ふと、回廊の柱の陰から、ひとりの人物が現れた。
「お二人とも……お邪魔でしたか?」
柔らかくも鋭い声。
現れたのは、リディアだった。
青銀のドレスに身を包み、変わらぬ気品と自制をまとっているが、その目には微かに葛藤の色が浮かんでいた。
「姉さま……」
「番としての力、そして“封印”との共鳴。あなたのことは、もう報告を受けたわ」
その口調は、冷静に聞こえた。
けれど、その中には、誰よりも深い姉としての“心配”が滲んでいた。
「私は、妹が一人の人間として、幸せであってほしいと思っているの。だけど……この状況で、あなたはどうして戦おうとするの?」
その問いに、セレナは真正面から応えた。
「……逃げる方が、きっともっと怖いから。誰かが私の代わりに傷つくのを見るほうが、耐えられないの」
それを聞いたリディアは、ふっと目を伏せた。
「昔の私なら、そんなあなたを、弱さだと断じていた。でも今は分かる。……あなたの優しさは、誰よりも強い」
リディアがそっと手を伸ばし、セレナの手に重ねる。
「どうか……自分を見失わないで。力は、ときに人の心を試すものだから」
その言葉は、姉として、そして同じ王族として、心からの忠告だった。
「ありがとう、姉さま」
セレナの声が、小さく震えた。
でもその震えは、恐れではなかった。
誰かに受け入れられるという、深い安心の涙だった。
リディアは静かに頷き、再び回廊の影へと歩を進めた。
その背に、ひとつの覚悟が滲んでいた。



