「セレナにすべてを背負わせるつもりはない。彼女が選ぶなら共に進むが、選ばないという道も、守る覚悟がある」
ロズベルドはゆっくりと頷いた。
「……お若いながら、まことに王族の器ですな。だが王よ、我らがこの事態に目をつむれば、国だけでなく、“世界の均衡”が崩れましょう」
その言葉の重みは、アグレイスとセレナふたりの間に、再び“宿命”という名の影を落とした。
「セレナ、どうする?」
問いかけるアグレイスの声は、優しくも真剣だった。
セレナは、ほんの数瞬、沈黙した。
だがその胸の中では、幾度も繰り返し、ひとつの決意が形になりつつあった。
「……逃げても、私の心はきっと後悔する。ならば、戦うわ。自分の意思で、私の運命を選ぶ」
その答えに、アグレイスは小さく息を吐き、微笑む。
「ありがとう、セレナ」
戦略会議室の地図に描かれた、“禁忌の地”と呼ばれる黒く染まった大陸の境界が、ふたりの目に焼き付けられた。
――そこへ赴けば、すべての真実が明らかになる。
戦略室を後にしたセレナとアグレイスは、宮殿内の〈星見の回廊〉を静かに歩いていた。
昼を過ぎた空には淡い雲が流れ、陽光が大理石の床に柔らかな影を落としていた。
だがふたりの心には、先ほどの会議の重みがなお残っていた。
「……私が“鍵”になるかもしれないなんて、正直、まだ信じられないの」
セレナの言葉は、弱さではなく正直な戸惑いだった。
自分が生まれ持った力が、世界の均衡を左右する存在であるということ。
それは、選ばれたというより、運命に縛られるような気がしてならなかった。
アグレイスは足を止め、静かに彼女の手を取る。
「君が信じられないなら、僕が信じる。君の力も、想いも――そして、君が選んだ未来も」
その言葉に、セレナの心がふっと緩んだ。
(この人がいる。それだけで、どれだけ救われるだろう)
彼の手の温もりが、恐れや不安を少しずつ融かしていく。



