彼は迷いなく棚の奥へ進み、薄茶色に変色した一冊の革張りの書物を取り出した。
――《〈血契の記〉・第四章 “番を持たぬ者の末路”》
(この中に、あるはずだ。あの夜、父が口にした名前……“銀月の民”。)
ページを捲る指が止まる。
そこに記されていたのは、王家に伝わる口伝では一切語られていない内容だった。
「〈銀月〉の一族は、“番”を拒んだ者たちの末裔にして、
人の姿に獣の力を宿すことを選んだ者たちである。
彼らは《血誓》の儀を拒絶し、理性と本能を両立させるという危険な道を選んだ。
結果、その血脈はやがて暴走を始め、王国は彼らを封印せざるを得なかった――」
アグレイスの眉が、深く寄せられる。
(“理性を保ったまま獣化する者”……まさか、今王国で報告されている異変は――)
もし〈銀月〉の血が再び目覚めたのなら、それは王家の統治の根幹を揺るがす災厄に繋がりかねない。
彼の脳裏に、セレナの顔が浮かぶ。
彼女が俺の番、妃として命を育んでいる今、この不穏な血が再び世界に現れたことは、偶然とは思えなかった。



