そんな思いを胸に、セレナは歩みを止め、空を見上げた。
まばらに浮かぶ薄雲の合間から、淡い光が差し込む。
そのとき、背後から気配を感じて振り返る。
「おはよう、セレナ」
アグレイスが、静かに立っていた。
凛とした佇まい、だが瞳の奥にかすかな翳りを宿している。
「早いのね。政務は?」
「……少しだけ、気がかりな報告があって」
言い淀む彼に、セレナは眉をひそめた。
「また“南部の件”?」
「……ああ。気にしなくていい。まだ確証があるわけじゃない」
それでも、彼の指先はほんのわずかに強張っていた。
セレナはそっと手を差し伸べる。
「話して。私も、あなたの力になりたいの」
その言葉に、アグレイスはほんの一瞬だけ目を伏せ、やがて静かに口を開いた。
「“番”を持たぬ者が、獣化の兆しを見せている。
しかも、理性を保ったまま――それは、本来ありえないことだ」
「……それって、“禁忌”?」
「そうだ。かつて、血の契約によって封印されたはずの、古い力だ。
でも……その力が、再び目を覚まそうとしている」
沈黙。
セレナはお腹に手を当て、目を伏せた。



