蒼銀の花嫁 〜捨てられ姫は神獣の番〜




 「初めての命の音は、セレナ様だけの特権ですよ。王子殿下がどんなに気を揉んでも、そればかりは感じられない」


 セレナは、ふと唇をゆるめて笑った。


 「彼……アグレイスは毎晩、私のお腹に話しかけているんです。“おまえは強い子になる”って」

 「まるで、もう名付けまでしていそうですね」

 「……ええ。でも、きっと“名前”より、“誰として生きるか”の方が、この子には大切なんだと思う」


 彼女の声に、母としての確かな芯がにじんでいた。

 だが――その夜。

 王宮の最上階、政務室にて。

 急ぎ届けられた一通の密書が、アグレイスのもとへ届いた。

 それは、国境沿いの旧領より届いた報告書だった。



 「南部領にて、獣人の異常な発現が確認された。
 従来の“番”の気配ではない……“禁忌”の兆候がある」

 アグレイスの眉が、ぴくりと動く。

 「……番を持たぬ者に、獣の力が?」

 その報せは、長らく封じられていた“古の血”が動き出した証拠だった。
 そして、その力が「セレナの胎内の命」と呼応する可能性も……否定できなかった。

 「……セレナ」

 彼は立ち上がり、窓の外に目を向けた。

 月光が王都を照らす中、彼の中にひとつの決意が芽生えていた。

 「君と、この子を……守り抜く。どんな運命が来ようとも」

 その瞬間、彼の手に握られた密書の端が、わずかに炎に包まれ、灰へと消えていった。