彼は汗を拭いながら近づき、民たちに語りかけた。
「私は彼女を知っている。誰よりも、人の痛みに寄り添おうとする心を持つ方だ。私たちは、彼女のような人を信じずに、誰を信じればいい?」
その言葉に、広場の空気が徐々に変わっていく。
老女が震える声で言った。
「わしの息子も、あんたの言葉を信じて戦に向かった。……あんたを恨んでいたけど、今、その言葉が、あの子の死を少しだけ救ってくれた気がするよ……」
老女の目に、涙がにじんでいた。
セレナはそっと歩み寄り、その手を両手で包み込んだ。
「ありがとう。……あなたの想いも、確かに、私の胸に届きました」
民と共に涙を流し、手を握ったあの日――
王都の空気はわずかに変わった。
セレナの姿を、ただの“血筋”ではなく、“在り方”として見る人々が増えていったのだ。
その夜、王宮の塔の上から王都を眺めながら、アグレイスは言った。
「君は……俺の誇りだ、セレナ」
彼女は静かに微笑んだ。
「私は、あなたと共に歩くから、強くなれるの。きっと……どこまででも」
互いの影がひとつに重なった夜、遠くで鐘の音が響いていた。
それは、何かが“生まれ変わろう”としている前触れだった。
夜が深まり、王都に静寂が広がるころ。
セレナは王宮の医務塔の一室にいた。
灯されたランプの明かりがやわらかく、白い天蓋のベッドに影を落としている。
「セレナ様……お身体に、お変わりは?」
医師のエリアスが記録を確認しながら問う。
セレナはベッドの端に腰かけ、小さく頷いた。
「ええ、少しだけ疲れが残ってるけれど……胎動がありました」
その声に、部屋の空気がわずかに温かくなる。
エリアスは目を細め、穏やかに微笑んだ。



