王族の者として、戦の終結と同時に休息を与えられるはずだったアグレイスは、自らそれを拒んだ。
負傷者の声を聞き、崩壊した家屋の修復計画に口を出し、何よりも――民のために歩いた。
彼の姿を目にするたび、セレナの胸は痛みと、誇らしさで締め付けられる。
けれど同時に、どこかで彼の心が、まだあの戦場に留まっているような気がしていた。
(……アグレイスさまは今、ひとりで苦しみを抱えすぎている)
その夜。
アグレイスが休む間もなく机に向かっていると、静かに扉が叩かれた。
「どうぞ」
現れたのは、セレナだった。
夜会服ではなく、薄いカーディガンを羽織っただけの、素のままの姿。
「お疲れさま。……少しだけ、お時間をもらえる?」
彼は一瞬だけ手を止めて、静かにうなずいた。
「君の声を聞けるなら、何よりの休息になる」
そう言って椅子を引く。セレナは彼の隣に腰を下ろし、机の上の地図や報告書に視線を走らせた。
「……全部、自分ひとりで抱えてるの?」
その問いに、アグレイスは短く息をつき、目を伏せた。
「王族として、やらねばならないことだ。民は……俺の背を見ている」
「でも、背中ばかり見せていたら、誰もあなたの心に触れられないわ」
セレナの声は柔らかかったが、その奥には強い芯があった。
アグレイスはわずかに目を細めて、彼女に向き直る。



