アイリーンは寒さに震えていたはずだった。
魂の片割れにも似た愛しい愛犬を失って、その墓標にすがって泣いていた。慰めてくれるのは、なぜかアイリーンのそばを離れない小さな紋白蝶だけ。
はじめて会ったときから惹かれている婚約者にはそっけなくされ続け、突然の嵐に遭難して、絶望しかけていたのに……温かい。
熱い。
「は……っ、あ」
その接吻は、はじまったときと同じくらい唐突に終わった。
グラント将軍は上着を脱ぐと、立派な記念章が胸元に光る大きなフロックコートでアイリーンを包んだ。なにか大切なものを運ぶように横抱きにされ、降りしきる雨の中、焼けつくような声で耳元にささやかれる。
「これからは俺があなたを守ります……だから泣かないで、姫。ルークほどではないかもしれないが、俺だっていつかあなたの床を温めてあげられるのだから」
アイリーンは彼を見上げ、彼はアイリーンを見下ろし、ふたりはどちらからともなく微笑んだ。
雨はまだ続く。
しかし、灰色の雨雲のさらにその先に、初夏の訪れを感じる……そんな六月のある日のことだった。


