君を愛する蝶になる〜その忠実な騎士はいつまでも姫のそばにいる〜


 彼は川に飛び込んでアイリーンを救いだした。
 アイリーンは彼のたくましい腕に抱かれ、悪夢のように残酷に荒れる川から引き離される。

「よかった」
 グラント将軍のかすれた声がアイリーンの鼓膜をくすぐる。アイリーンは咳き込み、飲んでしまった水を吐いた。

「ど、どうしてここに……」
「それは俺の台詞だ。くそ、アイリーン……今日は俺が屋敷に来るのを知っていて、どうしていつまでもこんな場所に」

 グラント将軍はいつもの敬語をかなぐり捨てていて、それは意外にも、アイリーンに安心感を与えた。

「それは……ルークのそばにいたくて……彼のお墓に……。ルークの温もりがないと……寝られなくて……」
 説明しようとするアイリーンの唇の先に、熱い息が吹きかかる……と思った瞬間、グラント将軍の唇がアイリーンの息を奪う。
 生まれてはじめての口づけだった。

「この歳になって、犬に嫉妬するような恋をすることになるとは」

 なぜ彼が嫉妬などする必要があるのだろう……?

 ルークは、アイリーンが生まれたその月に、父が与えてくれた愛犬だった。
 象牙色の柔らかな毛と、つぶらな黒い瞳の……アイリーンの大きな騎士(ナイト)
 世間はルークのことを番犬というのだろうけれど、アイリーンはそんなふうに彼をモノ扱いしたくなかった。

 屋敷に侵入した強盗に出くわし、銃を向けられたアイリーンを救って、死んでしまった彼。
 犬としてはすでに高齢で、すでに足腰も弱っていたというのに、あの瞬間のルークは若かった頃のように俊敏に、勇敢に、アイリーンを庇った。
 同じときにグラント将軍も屋敷にいたので、もしかしたらただの押入り強盗ではなく、将軍を狙ったものだったのではないかという懸念もあって……。