「あらいやだ」
侯爵夫人は黒いレースの扇子を口元に当て、ほほほと上品な作り笑いをした。
「汚いものが入ってきてしまってごめんなさいね、グラント将軍。おまけにアイリーンときたら、恥ずかしがって出てこないものだから……。さぞかしあの子を子供っぽいと思っておいででしょうね。ええ、わかりますわ。本当に手のかかる子で」
グラント将軍の目は笑っていなかった。
「アイリーン姫は完璧な女性です。俺には勿体無いほどの」
その通りだ! 褒めてつかわそう、唐変木! しかし今は奴のことを見直している場合ではない。ぼくは最後の力をふりしぼってグラント将軍の頭の周りをぐるぐると回旋した。
「……姫になにかあったのか?」
グラント将軍はすでに立ち上がっていた。侯爵夫人は目をまん丸にして、一匹の蝶のせいでお茶会の席を立つ将軍の無礼に驚いている。
「どういたしましたの? アイリーンなら、きっと部屋で恥ずかしがって縮こまっているだけですわ。最近、ルークが死んでから特に、塞ぎがちでしたし。本当に感傷的な子で……」
「ど こ だ」
将軍の問いは侯爵夫人に向いていなかった。
ぼくだ。
ただの蝶である、このぼくに。一国の王立海軍将軍が、問うている。
姫さまのために。
ぼくは、この男になら姫さまのことを任せてもいいと、認めるにいたった。
侯爵夫人は黒いレースの扇子を口元に当て、ほほほと上品な作り笑いをした。
「汚いものが入ってきてしまってごめんなさいね、グラント将軍。おまけにアイリーンときたら、恥ずかしがって出てこないものだから……。さぞかしあの子を子供っぽいと思っておいででしょうね。ええ、わかりますわ。本当に手のかかる子で」
グラント将軍の目は笑っていなかった。
「アイリーン姫は完璧な女性です。俺には勿体無いほどの」
その通りだ! 褒めてつかわそう、唐変木! しかし今は奴のことを見直している場合ではない。ぼくは最後の力をふりしぼってグラント将軍の頭の周りをぐるぐると回旋した。
「……姫になにかあったのか?」
グラント将軍はすでに立ち上がっていた。侯爵夫人は目をまん丸にして、一匹の蝶のせいでお茶会の席を立つ将軍の無礼に驚いている。
「どういたしましたの? アイリーンなら、きっと部屋で恥ずかしがって縮こまっているだけですわ。最近、ルークが死んでから特に、塞ぎがちでしたし。本当に感傷的な子で……」
「ど こ だ」
将軍の問いは侯爵夫人に向いていなかった。
ぼくだ。
ただの蝶である、このぼくに。一国の王立海軍将軍が、問うている。
姫さまのために。
ぼくは、この男になら姫さまのことを任せてもいいと、認めるにいたった。


