「力を持っている人間というものは、力を持っている人間に対して敏感だ。だから、あの日。白石くんを呼びに教室に行って、一目見てきみが周りと違うことが分かった」
「だから近付いて来たんですか?」
「仕事をしていたおれに勝手に近付いて来たのはきみの方だよ」
木曜日の放課後。
わたしが生徒会室に行くと、黄瀬先輩はへんてこりんな文字のような模様のようなものが書かれた小さな紙をたくさん机に広げていた。
開けられている窓から、体育系の部活動のかけ声が聞こえている。五月の半ば。夏がちょっとずつ近付く頃。もうそろそろ、試合も始まるのかな。
先輩は古そうな本も手にしていた。破れてしまいそうなページを捲り、机の上の紙と交互に見る。
「それは」
「呪符だよ」
「じゅふ」
「魔法使いであるきみに分かりやすく説明するなら……例えば、魔導書のページの切れ端、みたいな。この難しそうな文字や模様が術を現していて、これに自分の力を通すことで書かれている術を使うことができる。……いや、まあ、おれは魔法のこと全然詳しくないからなんか違うかもしれないけど」
わたしは魔法使いの末裔です。
そのことを昨日、告げた。
先輩達は揃って目を丸くして、そして、黄瀬先輩は小さく驚きの声を上げ、藤崎先輩はものすごく興味深そうにわたしをじっと見た。魔法使いなんて、日本に住んでいたら見ることないもんね。びっくりするし、珍しいよね。
本当にいたなんて、と黄瀬先輩は言った。変わった力を持っている人間は実は色々いるらしいけれど、別の地域にいれば自分とは異なる力の人のことを知ることはほとんどない。
おばあちゃん達は日本に来た時、妖怪を見てびっくりしたと言っていた。いい妖怪と一緒に仕事をしている人や悪い妖怪を退治している人がいるという話を聞いて、この国にも不思議な力を持つ人間と魔物や妖精のような存在が暮らしていることを知った。
「わたしは、魔導書に書かれているような魔法は使えないんです。力は四分の一だから、できるのは折り紙を動かすことだけ。魔法使いと名乗れるような者じゃないんです」
「そうなんだ。でも、力を持っていることは事実でしょう? きみは、きみの力が好き?」
「えっ……?」
そんなことを質問されたの、初めてだ。
好き?
どうだろう?
「嫌いだと思ったことはないです。悪いものではないから」
「それなら、みみっちいものだなんて卑下しちゃダメだよ。漫画やゲームの魔法使いみたいなものではないかもしれないけれど、それはきみが確かに持っている魔法の力なんでしょう? きみは、きっと、ちゃんと、魔法使いだよ。おれは……おれは、まだまだだな……」
先輩は呪符を纏めて薄いポーチのようなものにしまった。あれは、ふくさと呼ぶんだったっけ。
見習いだと先輩は言っていた。今は大人の手伝いを主にしていて、一人で戦うことはできない、と。
「でも、先輩も妖怪にまつわる力をちゃんと持っているんですよね」
「それは、そう。でも、おれの妖力はそんなに強くもなくて、それは鍛えても変わらないかもしれなくて。知識が増えても、技は追い付かないかもしれなくて。一人前になれるのか、不安なんだ」
わたしにはよく分からない道具を他にも色々広げていた先輩は、それらを鞄に放り込んでいく。
「例え小さなものでも、ちゃんと使いこなせている藍野さんはすごいよ」
わたしの方を見ずに、そう言った。
学校で大人気の生徒会副会長が、普段なら絶対に人に見せない姿だ。わたしは、先輩のこんな姿を見てしまっていいのかな。優しくて、穏やかで、暖かな先輩が、その内に抱えているものはきっとたくさんあるんだろう。
先輩はわたしの秘密を知っている。
わたしも、先輩の秘密を知っている。
荷物を纏めて、先輩は立ち上がった。わたしの方を向いた顔は、いつも通りの先輩の顔。
「お待たせ。最終下校時間になる前に行こう。部活中の人ごみに紛れた方が目につかないから」
「分かりました」
「おい嬢ちゃん! 足手まといになるなよな!」
「こらっ、ザクロ!」
先輩は鞄からぶら下がる狐のマスコットをむぎゅむぎゅと握り締める。けれど、ザクロは特に嫌がる素振りは見せなかった。あれはあくまで入れ物で、それがどのように扱われようと本体には影響がないのかもしれない。
人間を食べてしまうようなこともある妖怪を相棒として連れ歩いている時点で、十分力を使いこなしているようにわたしには見える。けれど、先輩が目指しているのはもっともっと上なんだろう。
わたしは折り紙を動かすことしかできないから、それ以上もそれ以下も何もない。上を目指せるのは、なんだかいいなと思ってしまうな。
「あっ、エル! まだ残ってたの?」
一緒に歩いていると先輩に注目している人達に羨ましがられてしまうから、ほんの少し離れて歩いていた。すると、階段を下りたところで部活中の結愛に声をかけられた。前を歩いていた先輩は一度振り返ってわたしを確認してから、速度を落として歩いてくれている。
ジャージ姿の結愛はノートを数冊手に持っていた。女子バドミントン部は体育館で活動をしているはずだから、このノートをどこかに取りに行っていたところなのかな。
「うん、ちょっと図書館で調べものを」
「そうなのね。もう帰るところ?」
「うん」
「そっか。じゃ、また明日ね」
「結愛も部活頑張って」
小さく手を振って、結愛はポニーテールを揺らしながら体育館へ駆けて行った。あらら、通りすがりの誰かに「廊下を走らない!」と怒られちゃってるよ。
先生か先輩か分からない声の主に平謝りしている結愛の後ろ姿に手を振って、わたしは早足で黄瀬先輩を追い駆けた。
学校の外周を走って戻ってきたらしいどこかの部活の生徒達とすれ違い、上靴からローファーに履き替えて外に出る。すると、鞄から外した狐のマスコットをものすごい形相で睨み付けている先輩の姿が見えた。
ちょっと、誰が通りかかるか分からないんだからやめておいた方がいいですよ! こんな玄関の前で!
「元はと言えばおまえが勝手に廊下に落ちて藍野さんを引っ張ってきたんだろ」
「夜に見付かったミナトの不注意が最初じゃねえか!」
「おまえがもっと周りを見ていれば二度目は防げたはずだよ」
「あー! もう! もうさぁ! 仕方ねえじゃん! もう始まっちまったんだからさ! やめようぜ不毛な言い合いなんて! 守ってやりゃあいいんだろ嬢ちゃんのことも。ちゃんとこれまでの話聞いてたから。俺様はやるぜ!」
「あのー、先輩」
「うわっ! 藍野さん……!」
先輩はぎょっとしてちょっと後ずさった。
「ザクロともめてるんですか」
「いや、もめてるというか……。本当に巻き込んで大丈夫なの? って言われて……」
「妖怪は魔法の力を持っている人間は食べないってひいおばあちゃんが言ってました」
「それは昨日も聞いた。ただ、いざ突入となるとやっぱり気になるってザクロが」
「襲われること自体はあるんだろ。それなら増えるのは俺様の負担だからな。まあ、任せとけよ。俺様強いからな」
「動くのはおれの体なんだけどね。よし、行こうか」
「……はい!」
鈍色屋敷の調査、開始だ!
「だから近付いて来たんですか?」
「仕事をしていたおれに勝手に近付いて来たのはきみの方だよ」
木曜日の放課後。
わたしが生徒会室に行くと、黄瀬先輩はへんてこりんな文字のような模様のようなものが書かれた小さな紙をたくさん机に広げていた。
開けられている窓から、体育系の部活動のかけ声が聞こえている。五月の半ば。夏がちょっとずつ近付く頃。もうそろそろ、試合も始まるのかな。
先輩は古そうな本も手にしていた。破れてしまいそうなページを捲り、机の上の紙と交互に見る。
「それは」
「呪符だよ」
「じゅふ」
「魔法使いであるきみに分かりやすく説明するなら……例えば、魔導書のページの切れ端、みたいな。この難しそうな文字や模様が術を現していて、これに自分の力を通すことで書かれている術を使うことができる。……いや、まあ、おれは魔法のこと全然詳しくないからなんか違うかもしれないけど」
わたしは魔法使いの末裔です。
そのことを昨日、告げた。
先輩達は揃って目を丸くして、そして、黄瀬先輩は小さく驚きの声を上げ、藤崎先輩はものすごく興味深そうにわたしをじっと見た。魔法使いなんて、日本に住んでいたら見ることないもんね。びっくりするし、珍しいよね。
本当にいたなんて、と黄瀬先輩は言った。変わった力を持っている人間は実は色々いるらしいけれど、別の地域にいれば自分とは異なる力の人のことを知ることはほとんどない。
おばあちゃん達は日本に来た時、妖怪を見てびっくりしたと言っていた。いい妖怪と一緒に仕事をしている人や悪い妖怪を退治している人がいるという話を聞いて、この国にも不思議な力を持つ人間と魔物や妖精のような存在が暮らしていることを知った。
「わたしは、魔導書に書かれているような魔法は使えないんです。力は四分の一だから、できるのは折り紙を動かすことだけ。魔法使いと名乗れるような者じゃないんです」
「そうなんだ。でも、力を持っていることは事実でしょう? きみは、きみの力が好き?」
「えっ……?」
そんなことを質問されたの、初めてだ。
好き?
どうだろう?
「嫌いだと思ったことはないです。悪いものではないから」
「それなら、みみっちいものだなんて卑下しちゃダメだよ。漫画やゲームの魔法使いみたいなものではないかもしれないけれど、それはきみが確かに持っている魔法の力なんでしょう? きみは、きっと、ちゃんと、魔法使いだよ。おれは……おれは、まだまだだな……」
先輩は呪符を纏めて薄いポーチのようなものにしまった。あれは、ふくさと呼ぶんだったっけ。
見習いだと先輩は言っていた。今は大人の手伝いを主にしていて、一人で戦うことはできない、と。
「でも、先輩も妖怪にまつわる力をちゃんと持っているんですよね」
「それは、そう。でも、おれの妖力はそんなに強くもなくて、それは鍛えても変わらないかもしれなくて。知識が増えても、技は追い付かないかもしれなくて。一人前になれるのか、不安なんだ」
わたしにはよく分からない道具を他にも色々広げていた先輩は、それらを鞄に放り込んでいく。
「例え小さなものでも、ちゃんと使いこなせている藍野さんはすごいよ」
わたしの方を見ずに、そう言った。
学校で大人気の生徒会副会長が、普段なら絶対に人に見せない姿だ。わたしは、先輩のこんな姿を見てしまっていいのかな。優しくて、穏やかで、暖かな先輩が、その内に抱えているものはきっとたくさんあるんだろう。
先輩はわたしの秘密を知っている。
わたしも、先輩の秘密を知っている。
荷物を纏めて、先輩は立ち上がった。わたしの方を向いた顔は、いつも通りの先輩の顔。
「お待たせ。最終下校時間になる前に行こう。部活中の人ごみに紛れた方が目につかないから」
「分かりました」
「おい嬢ちゃん! 足手まといになるなよな!」
「こらっ、ザクロ!」
先輩は鞄からぶら下がる狐のマスコットをむぎゅむぎゅと握り締める。けれど、ザクロは特に嫌がる素振りは見せなかった。あれはあくまで入れ物で、それがどのように扱われようと本体には影響がないのかもしれない。
人間を食べてしまうようなこともある妖怪を相棒として連れ歩いている時点で、十分力を使いこなしているようにわたしには見える。けれど、先輩が目指しているのはもっともっと上なんだろう。
わたしは折り紙を動かすことしかできないから、それ以上もそれ以下も何もない。上を目指せるのは、なんだかいいなと思ってしまうな。
「あっ、エル! まだ残ってたの?」
一緒に歩いていると先輩に注目している人達に羨ましがられてしまうから、ほんの少し離れて歩いていた。すると、階段を下りたところで部活中の結愛に声をかけられた。前を歩いていた先輩は一度振り返ってわたしを確認してから、速度を落として歩いてくれている。
ジャージ姿の結愛はノートを数冊手に持っていた。女子バドミントン部は体育館で活動をしているはずだから、このノートをどこかに取りに行っていたところなのかな。
「うん、ちょっと図書館で調べものを」
「そうなのね。もう帰るところ?」
「うん」
「そっか。じゃ、また明日ね」
「結愛も部活頑張って」
小さく手を振って、結愛はポニーテールを揺らしながら体育館へ駆けて行った。あらら、通りすがりの誰かに「廊下を走らない!」と怒られちゃってるよ。
先生か先輩か分からない声の主に平謝りしている結愛の後ろ姿に手を振って、わたしは早足で黄瀬先輩を追い駆けた。
学校の外周を走って戻ってきたらしいどこかの部活の生徒達とすれ違い、上靴からローファーに履き替えて外に出る。すると、鞄から外した狐のマスコットをものすごい形相で睨み付けている先輩の姿が見えた。
ちょっと、誰が通りかかるか分からないんだからやめておいた方がいいですよ! こんな玄関の前で!
「元はと言えばおまえが勝手に廊下に落ちて藍野さんを引っ張ってきたんだろ」
「夜に見付かったミナトの不注意が最初じゃねえか!」
「おまえがもっと周りを見ていれば二度目は防げたはずだよ」
「あー! もう! もうさぁ! 仕方ねえじゃん! もう始まっちまったんだからさ! やめようぜ不毛な言い合いなんて! 守ってやりゃあいいんだろ嬢ちゃんのことも。ちゃんとこれまでの話聞いてたから。俺様はやるぜ!」
「あのー、先輩」
「うわっ! 藍野さん……!」
先輩はぎょっとしてちょっと後ずさった。
「ザクロともめてるんですか」
「いや、もめてるというか……。本当に巻き込んで大丈夫なの? って言われて……」
「妖怪は魔法の力を持っている人間は食べないってひいおばあちゃんが言ってました」
「それは昨日も聞いた。ただ、いざ突入となるとやっぱり気になるってザクロが」
「襲われること自体はあるんだろ。それなら増えるのは俺様の負担だからな。まあ、任せとけよ。俺様強いからな」
「動くのはおれの体なんだけどね。よし、行こうか」
「……はい!」
鈍色屋敷の調査、開始だ!
