夜八時。わたしは折り紙ケースから紺色の折り紙を一枚取り、折っていく。
翼を作って、頭を作って。
定番の折り鶴のできあがり!
この色なら、夜の空を飛んでいても目立たないだろう。窓を開けて、手に載せた鶴を星の煌めく空に掲げる。
「おはじき堂の二階、イルカの風鈴がある部屋まで飛んで行って。黄瀬先輩がメッセージを書き終えたらわたしのところまで戻って来て」
二階の窓からふわりと浮かび上がった折り鶴が、やがて大きくはばたいて飛んでいく。
目的地は、おはじき堂。
本来の名前は旧翠尾家邸宅で、昔のお金持ちが住んでいた古民家だ。可惜夜町ではそれなりに名の知れているお屋敷で、結構目立つ。おはじきみたいにキラキラと光るカラフルなガラスの装飾がところどころにされていることと、レトロなおもちゃと駄菓子を売っているお店が併設されていることが呼び名の由来だ。
これまで持ち主が度々変わっていたという話は聞いたことがあるけれど、今の持ち主が先輩のお家なのは初耳だった。そもそも、どの家に誰が住んでいるとかわざわざ調べないもんね。
先輩、おはじき堂に住んでるんだ。おもちゃ屋さんは先輩のお家がやっているのかな。祓い屋の世を忍ぶ仮のお仕事なのかもしれない。
窓の外を眺めながら、折り鶴が戻ってくるのを待つ。
なんだかこれって、文通してるみたい。おばあちゃんとおじいちゃんは学生時代に文通していたって言ってたな。ちょっとロマンチックな感じで、返事を待っているとドキドキしちゃいそう。相手は黄瀬先輩なのに。あの不機嫌そうなコスプレの中身なのに。
やっぱり、優しそうな先輩と失礼なコスプレ男子が同じ人だなんて思えないな。あれは先輩が勝手に言ってるだけだし、もしかしたら本当は違うのかもしれない。いや、そんな嘘を言う必要ないし、本当なんじゃないかな。
「うーん……」
自問自答しながら、わたしは夜空を眺める。
あの夜、ノートを買いに行っただけなのに。わたし、なんだか不思議な物語に巻き込まれてしまったみたい。
ちょっぴり不安で、ちょっぴりわくわくする。先輩に協力したら、どんな体験ができるんだろう。魔法使いなんて呼べないようなわたしのこの力で、どんなことができるんだろう。
吹き込む夜風を浴びていると、声が聞こえた。
「お、エルちゃーん」
外からわたしを呼ぶ声がする。見ると、自転車を押している制服姿の男子高校生が手を振っていた。
「とっ……鴇沢くんっ……! ば、バイト帰り?」
「そう。いやぁ、自転車がパンクしちゃってさ」
鴇沢くんは、近所の高校の高校生である。同じ町内会に住んでいて、小さな頃は子供会の行事によく一緒に参加したちょっと年上の幼馴染み。中性的にも見える端正な顔立ちの美少年で、わたしの――。
わたしの、憧れの人だ。
今日も、かっこいいな……。
「何見てるのー? 何か見える? 星とか?」
「別に何もー。何が見えていたら面白いと思う?」
「えー、そうだなぁ。……妖精、とか」
鴇沢くんは、二階から見下ろしていても分かるくらいにちょっぴり意地悪な顔になった。
わたしが魔法の力を持っていることは結愛にも秘密だ。けれど、鴇沢くんは知っている。その理由は、おばあちゃん一家がこの街に来た時に色々とお世話してくれたのが鴇沢くんのひいおじいちゃん達だったから。
「せいぜい妖怪くらいしか見えないと思う」
「それは残念。それじゃあ襲われる前に帰るよ」
「気を付けて帰ってね」
「じゃあ、また」
この国にメルヘンでファンタジーな妖精は住んでいない。魔法使いの目に見えるのも、妖精や魔物ではなくて妖怪だ。
鴇沢くんは普通の人間で、そういうものは見えない。見えないけれど、「そんなものは迷信だから存在なんてしていない」とは言わずに信じてくれている。鴇沢家の人々が異国から飛んできた変な魔法使いの一家を受け入れてくれて、我が家は本当に感謝している。
自転車を押す後ろ姿が遠くなっていくのを見ていると、折り鶴が空を飛んで戻ってきた。
手を伸ばして捕まえて、開く。
『鈍色屋敷の調査について』
そんな文字が書かれていた。これは、確か……にびいろ、だよね。鈍色屋敷。あの林の中の忘れられたお家の、呼び名。音は聞いたことがあったけれど、文字はこう書くんだ。何だろうと思って聞いていた音は、色のことだったんだ。
さて、先輩のお手紙は……。
『藍野さんの作った折り紙に林の中を探索させて、安全を確認しながら調査を進めて行きたい。危なくなったらおれとザクロが守るから、折り紙要員としてきみにも奥まで同行してほしい。決行初日は、来週の木曜日を予定。前日の水曜日の放課後に軽く作戦会議をしたいから、生徒会室に来てほしい 湊』
魔法使いというものは総じて好奇心旺盛で怖いもの知らずだ。その身を滅ぼす危険性のあるような魔法に挑戦しようとしたり、人食いの魔物の巣窟に杖一本だけの装備で飛び込んだりする。
自分にもその血が確実に流れているのだと、先輩の書いた文字に目を通しながら強く感じた。
わたしは近くにあったボールペンで『わかりました』と勢いよく返事を書いて、折り直した鶴を先輩の元へ飛ばした。
翼を作って、頭を作って。
定番の折り鶴のできあがり!
この色なら、夜の空を飛んでいても目立たないだろう。窓を開けて、手に載せた鶴を星の煌めく空に掲げる。
「おはじき堂の二階、イルカの風鈴がある部屋まで飛んで行って。黄瀬先輩がメッセージを書き終えたらわたしのところまで戻って来て」
二階の窓からふわりと浮かび上がった折り鶴が、やがて大きくはばたいて飛んでいく。
目的地は、おはじき堂。
本来の名前は旧翠尾家邸宅で、昔のお金持ちが住んでいた古民家だ。可惜夜町ではそれなりに名の知れているお屋敷で、結構目立つ。おはじきみたいにキラキラと光るカラフルなガラスの装飾がところどころにされていることと、レトロなおもちゃと駄菓子を売っているお店が併設されていることが呼び名の由来だ。
これまで持ち主が度々変わっていたという話は聞いたことがあるけれど、今の持ち主が先輩のお家なのは初耳だった。そもそも、どの家に誰が住んでいるとかわざわざ調べないもんね。
先輩、おはじき堂に住んでるんだ。おもちゃ屋さんは先輩のお家がやっているのかな。祓い屋の世を忍ぶ仮のお仕事なのかもしれない。
窓の外を眺めながら、折り鶴が戻ってくるのを待つ。
なんだかこれって、文通してるみたい。おばあちゃんとおじいちゃんは学生時代に文通していたって言ってたな。ちょっとロマンチックな感じで、返事を待っているとドキドキしちゃいそう。相手は黄瀬先輩なのに。あの不機嫌そうなコスプレの中身なのに。
やっぱり、優しそうな先輩と失礼なコスプレ男子が同じ人だなんて思えないな。あれは先輩が勝手に言ってるだけだし、もしかしたら本当は違うのかもしれない。いや、そんな嘘を言う必要ないし、本当なんじゃないかな。
「うーん……」
自問自答しながら、わたしは夜空を眺める。
あの夜、ノートを買いに行っただけなのに。わたし、なんだか不思議な物語に巻き込まれてしまったみたい。
ちょっぴり不安で、ちょっぴりわくわくする。先輩に協力したら、どんな体験ができるんだろう。魔法使いなんて呼べないようなわたしのこの力で、どんなことができるんだろう。
吹き込む夜風を浴びていると、声が聞こえた。
「お、エルちゃーん」
外からわたしを呼ぶ声がする。見ると、自転車を押している制服姿の男子高校生が手を振っていた。
「とっ……鴇沢くんっ……! ば、バイト帰り?」
「そう。いやぁ、自転車がパンクしちゃってさ」
鴇沢くんは、近所の高校の高校生である。同じ町内会に住んでいて、小さな頃は子供会の行事によく一緒に参加したちょっと年上の幼馴染み。中性的にも見える端正な顔立ちの美少年で、わたしの――。
わたしの、憧れの人だ。
今日も、かっこいいな……。
「何見てるのー? 何か見える? 星とか?」
「別に何もー。何が見えていたら面白いと思う?」
「えー、そうだなぁ。……妖精、とか」
鴇沢くんは、二階から見下ろしていても分かるくらいにちょっぴり意地悪な顔になった。
わたしが魔法の力を持っていることは結愛にも秘密だ。けれど、鴇沢くんは知っている。その理由は、おばあちゃん一家がこの街に来た時に色々とお世話してくれたのが鴇沢くんのひいおじいちゃん達だったから。
「せいぜい妖怪くらいしか見えないと思う」
「それは残念。それじゃあ襲われる前に帰るよ」
「気を付けて帰ってね」
「じゃあ、また」
この国にメルヘンでファンタジーな妖精は住んでいない。魔法使いの目に見えるのも、妖精や魔物ではなくて妖怪だ。
鴇沢くんは普通の人間で、そういうものは見えない。見えないけれど、「そんなものは迷信だから存在なんてしていない」とは言わずに信じてくれている。鴇沢家の人々が異国から飛んできた変な魔法使いの一家を受け入れてくれて、我が家は本当に感謝している。
自転車を押す後ろ姿が遠くなっていくのを見ていると、折り鶴が空を飛んで戻ってきた。
手を伸ばして捕まえて、開く。
『鈍色屋敷の調査について』
そんな文字が書かれていた。これは、確か……にびいろ、だよね。鈍色屋敷。あの林の中の忘れられたお家の、呼び名。音は聞いたことがあったけれど、文字はこう書くんだ。何だろうと思って聞いていた音は、色のことだったんだ。
さて、先輩のお手紙は……。
『藍野さんの作った折り紙に林の中を探索させて、安全を確認しながら調査を進めて行きたい。危なくなったらおれとザクロが守るから、折り紙要員としてきみにも奥まで同行してほしい。決行初日は、来週の木曜日を予定。前日の水曜日の放課後に軽く作戦会議をしたいから、生徒会室に来てほしい 湊』
魔法使いというものは総じて好奇心旺盛で怖いもの知らずだ。その身を滅ぼす危険性のあるような魔法に挑戦しようとしたり、人食いの魔物の巣窟に杖一本だけの装備で飛び込んだりする。
自分にもその血が確実に流れているのだと、先輩の書いた文字に目を通しながら強く感じた。
わたしは近くにあったボールペンで『わかりました』と勢いよく返事を書いて、折り直した鶴を先輩の元へ飛ばした。
