折って連絡いたします!~紙と狐と魔法の放課後~

 黄瀬先輩と秘密を共有してから一週間ほど経って、わたしは放課後の校舎裏に呼び出されていた。

 その昔温室として使われていた小屋が近くにあった。今はもう屋根が抜けてしまっていて、中は草がめちゃくちゃに生えている。時々物置代わりにされているらしく、草が刈られている時もある。

 温室跡の横にはこちらも忘れられかけている百葉箱(ひゃくようばこ)が置かれている。こっちは理科の授業でまだ使っている……らしい。たぶん、三年間のうちに片手で数えられるくらいしか見ないと思うけれど。

 ただ立って待っているのも暇なので、その辺をなんとなく見ている。

 コンクリート製の塀の向こうに、学校と隣接している林がもこもこと枝と葉を広げているのが見えた。元々、木に囲まれた立派なお屋敷があったんだって。今はもう建物はぼろぼろで、手入れのされていない林に覆い尽くされている。学校のすぐ隣だけれど、危ないから入っちゃダメと先生は言っていた。

 少し、怖いうわさもある。

 昔々、肝試しで夜中に林に入った子達が酷い目に遭ったんだって。うわさには尾ひれがたくさん付いてしまって実際の出来事は今となっては分からないけれど、かなり大変だったらしい。

 我が可惜夜(あたらよ)中学校の、七つ以上ある七不思議のうちの一つである。

「お待たせ、藍野さん」

 声が聞こえて、振り返ると先輩がやってきたところだった。にこにこと笑いながら片手を上げている。

 これがあの不機嫌なコスプレの男の子と同一人物だとは思えないな、やっぱり。

「結構待ちました。生徒会の仕事ですか?」
「それもあったんだけど、それ自体はちょっとした確認だったからすぐ終わったんだ。その後に、藤崎先輩に呼び止められて」
「生徒会長に?」

 先輩はちょっぴり言いにくそうに、続きを言う。

「藤崎先輩はおれの家のこと知ってるんだ。それで、最近は忙しいの? って。忙しかったら副会長の仕事少し代わろうかって」
「忙しいんですか、黄瀬先輩」
「忙しく……は、ない。だから藤崎先輩には心配ご無用って言っておいた」
「でもわたしに手伝ってほしいって」

 先輩はびっくりしたような悲しいような悔しいような、なんだかへんてこな顔になった。そして、ちょっと体を揺らす。鞄からぶら下がっている狐のマスコットが一緒に揺れた。

「おれ……ホラー苦手なんだ」
「わたしも怖い話は苦手ですけど」
「おれは見習いだから、比較的簡単なことを親とか兄貴とかに頼まれてやったり、事前の準備とかをやったりしてるんだけど……。今、廃墟のことを頼まれてて」

 先輩の視線が塀の向こうの林の中へ向けられた。

「あの林の廃墟に、出入りしている何かがいるらしくて……。生きた人間のいたずらかもしれないし、妖怪かもしれないし、そのどちらかならいいんだけど、幽霊だったらどうしようって思って、怖くて。情けないんだけど」
「それで、なんでわたしに?」
「きみの不思議な力、折り紙を自在に動かせるもので合ってる?」
「そうですね、だいたい」
「意思の疎通はできるのかな」

 どんなに動き回っても、折り紙は結局折り紙なので言葉を話すことはない。しかし、こちらから指示をすることができるのだから折り紙がそれに返答をすることはできる。

「簡単な質問をして、首を振ったり頷いたりはできるはずです」
「それで充分!」

 先輩はほっとした顔になったかと思うと途端に目を輝かせ、わたしの手を掴んだ。まるで祈るように、拝むように、わたしの両手を自分の両手で包み込む。

 ここは普段あまり生徒が近付かない場所だけれど、もしも誰かに見られてしまったらどうしよう。人気者の生徒会副会長と、放課後校舎裏で秘密の話をしているところなんて、見られてしまったら……!

 わたしなんかが気軽にお話していい相手じゃないはずなのに! 知らない人から羨ましがられたり睨まれたりもしちゃうのかなぁ。

 わたしはなんだか寒気がしたような気がした。すぐ隣に七不思議の舞台があるからではなく、これから先の身の安全を確保できるのか心配になって。

「助かる! 本当に助かるよ! おれはきみみたいな人を待っていたんだ! あぁ、よかった! よかった!」
「お、おおげさですよ」
「おれ、一人じゃ怖くてあの林に入れないし、式……。式神って、手伝ってくれる妖怪のこと。おれにとってのザクロね。その、式を行かせて調べさせることができればいいんだけど、ザクロは見ての通りぬいぐるみに入っている状態だから動き回ることができないんだ。俺のところまでは飛んでこられるけど、俺のところからどこかへは行けなくて」
「え、と……。それじゃあ、つまり、わたしに、折り紙で調査してほしいってことですか?」
「そう! 話が早くて助かるよ! ありがとう藍野さん! 本当に助かる!」

 まだ「分かりました! やります!」とは言っていないんだけれど……。

 こんなに嬉しそうにしている先輩の顔を見たら、断れないなぁ。

「先輩、先輩……黄瀬先輩、そろそろ手を……」
「あっ! ごめん、ごめんね!」

 それで、藍野さん。と言って、先輩はメモ用紙を一枚こちらに差し出してきた。『じゃがいも、にんじん、たまねぎ、豚肉』と、おつかいのメモのようなものが書かれている。

 カレーかな。シチューかも。

「こういうメモがされている紙を折って、それを目的の場所まで移動させることとかはできる? 伝書鳩みたいな感じで」
「たぶん、できると思います」
「じゃあ、おれへの連絡はそういう形でやってくれるかな。電話だと、周りに聞こえてしまうから。俺からは裏側に返事を書くようにするよ。往復分くらいは動くでしょう?」
「おそらく」
「それじゃあ、今日の夜八時。無地の折り紙をおれのところまで飛ばして。ここじゃ話せない詳細を知らせるから」
「わたし、先輩の家知りませんよ」

 大丈夫、と先輩は言う。何が大丈夫なんだろう。

「『おはじき堂の二階、イルカの風鈴のある部屋』で、おれのところに着くはずだから」

 またね、と先輩はにこやかに手を振る。おつかいのメモを握り締めた先輩は、狐のマスコットをゆらゆら揺らしながら去って行った。