どうしよう。どうしよう。
魔法の力は秘密なのに。
結愛にも言っていない秘密なのに。
でも、あのコスプレの男の子、自分のことも言い触らしてほしくなさそうだったから大丈夫だよね? 大丈夫だといいなぁ。
「うわぁ! 嘘でしょ!? ちょっ、ちょっとちょっと! エル、英語の宿題見せて!」
「やってないの?」
朝の教室で昨夜のことを考えて悩んでいるわたしを振り返って、結愛は真っ白なノートを見せてきた。
「やった! やったのよ! でも、やってないの! ねえ見て!」
そう言って前のページを見せる。
「一昨日の宿題だね」
「そうなの! やったんだけど、確認したらこの前のだったの! なんかやったことある気がする問題だな~って思いながらやってたら、本当にやったことある問題だったのよ」
「だからやったのにやってないんだ」
「そーなの。エル~。お願い、見せて」
結愛は祈るように手と手を合わせる。
「うーん……。でも英語は五時間目だからまだまだ時間あるじゃん。頑張れば間に合うよ」
「そうかなぁ。とりあえずやってみるけど、間に合わなかったら教えてね」
「分かった」
くるりと前を向いて、結愛はノートにシャーペンを走らせ始めた。
あぁ、えぇと、わたしはどこまで考えていたんだったっけ。
お互いに自分のことを周りに言ってほしくない感じだったから、わたしが折り紙を動かしたことは誰にも知られないだろう。……というところだっけ。
大丈夫だとは思うけれど、誰にも相談できないし困ったな。一人で悩むことになる。実際、今一人で悩んでいるし。
そもそも、あの男の子は何者なんだ。
なんて、そんなことをずっと考えているうちに午前中の授業が終わり、給食も終わった。英語の宿題とにらみ合っている結愛を教室に置いて、わたしは廊下に出た。邪魔しちゃ悪いし。
図書室に行って本でも読もうかな。新しい小説が入っているかもしれないし、折り紙の本を読んでレパートリーを増やすのもいいかも。
「お」
廊下を歩いていたら、何か小さなものが転がっているのが見えた。落とし物かな?
手のひらに収まるくらいの大きさの、ふわふわした狐のボールチェーン付きマスコット。真っ白い体で耳と尻尾の先が赤色だ。首に鈴が付いていて、拾って振ると小さく音が鳴った。スーパーのゲームコーナーで、クレーンゲームの景品になっているのを見たことがある。誰かのリュックや鞄から落ちたんだろう。
持ち主の人はどこかな。きっと探しているよね。
と、その時――。
「わわっ」
狐のマスコットが動いた!
いや、動いたというか、わたしを引っ張ってる!
わたしの手に乗ったまま、くっ付いたまま、わたしを引っ張ってる!
「え! えぇ~!?」
そうして、狐に引っ張られて到着したのは生徒会室だった。なぜ。
扉に突撃してしまいそうだったから、仕方ないのでわたしは引き戸を開けた。一応ノックはしたけれど、部外者が突然入ってきたらびっくりするよね。誰もいないといいな。
いた。
「うわぁ! うわぁ! ごめんなさい、いきなり!」
「え……。あ、藍野さん……」
「うおぉ」
生徒会室にいたのは黄瀬先輩だった。いきなり飛び込んできたわたしのことを驚いた顔で見ている。
「あ、え、えっと、これはその、なんというか」
「おい、ミナト! こいつやっぱり変な力持ってるぞ! 触られたら『わ!』ってなる!」
「しゃべった!!」
わたしの手の上で、狐のマスコットがしゃべった。でもびっくりしているのはわたしだけで、黄瀬先輩は全く動じていない。それに、名前を呼ばれていたよね。
「ザクロ、勝手に……!」
黄瀬先輩はずんずんと近付いてきて、わたしの手から狐を取り上げた。結構強引な感じで、奪うみたいだった。
「気になってんのにおまえがずっとうじうじして動かないから俺様が確かめてやったんだろ。感謝しろよな」
「だからってこんなやり方じゃ藍野さんもびっくりするし、おれのことだって……!」
「もうほとんどお互いバレてんだからいいだろ」
「よくないよ! おれバレてないから多分!」
「えー、ほんとにぃ?」
手のひらに乗った小さな狐のマスコットと、黄瀬先輩が言い争っていた。これは夢かもしれない。そう思ってほっぺたを引っ張ると痛かった。
「あのぅ……先輩……」
「あっ。……あ、あの、藍野さん……。昨日の夜、二丁目の辺りにいた?」
「はい……」
「和服の少年を見た?」
「見ました……」
「それ……。それ、おれなんだ……」
「……は?」
それ、おれなんだ? 夜に出会ったおかしなコスプレの男の子が、黄瀬先輩……?
黄瀬先輩は天井を見上げている。そして、手で顔を覆った。言いたくなかったんだ。
「先輩、コスプレが趣味なんですか?」
「いや……。おれは……。おれは、祓い屋なんだ」
「祓い屋……」
それって、確か、妖怪に関係のある仕事をしている人のことだよね。悪い妖怪と戦ったり、妖怪に困っている人の相談を聞いたりするっていう。
魔法使いは日本にはいないけれど、魔法とは違う不思議な力を持っている人がいるとおばあちゃんに教わったことがある。今まで会ったことはなかったけれど、こんなに身近にいたんだ。
「おれはまだ見習いで一人じゃ戦えないから、こいつの力を借りてあの姿になっている。憑依というか、変身……みたいな。こいつの影響で性格変わっちゃうからちょっと乱暴な言い方とかしててごめんなんだけど」
黄瀬先輩はわたしの方を見て、手に乗せた狐のマスコットを見せてくれた。
あのコスプレの男の子の正体が、黄瀬先輩。わたし、先輩にドキドキしてたんだ。なんか、ちょっと悔しいな。先輩はただの先輩なのに。
「これはおれの相棒で、今はぬいぐるみの中に入っているけれど本当は立派な姿をしているんだ」
「嬢ちゃんが見たら、きっとかっこよすぎて腰を抜かしちまうぜ!」
「本当は長い名前があるらしいんだけど、おれはザクロって呼んでる。赤いから」
「赤いのはこの依代の影響だけどな」
動かないマスコットからおしゃべりな声が聞こえている。
「藍野さん、このことは誰にも言わないでくれると嬉しい」
「あの、どうして、わたしに?」
「藍野さん、妖怪が見えているんでしょう? それに、昨日紙飛行機を不自然な飛ばし方をしていた。ザクロの証言もある。つまり、きみも何かしらの力を持っているということだ」
「それは……」
「きみがよければなんだけれど、おれに協力してくれないかな?」
「え」
黄瀬先輩はわたしをじっと見た。ちょっと申し訳なさそうな感じで、強制というよりお願いという感じ。
「きみのことも誰にも言わないから。きみの力を、おれに貸してほしい」
わたしが答えに迷っていると、黄瀬先輩は頭を下げた。生徒会室で生徒会副会長に頭を下げさせる謎の一般生徒になってしまったわたしは、他には誰もいないのになんとなく辺りを見回してしまった。「あの一年生何?」とか言ってくる人はいない。誰もいないから。
黄瀬先輩の秘密をわたしは知ってしまった。わたしの秘密を、黄瀬先輩は知っている。
ここで断ったら、秘密をバラされてしまうのだろうか。
穏やかな物腰で、優しい先輩という言葉が服を着て歩いているような黄瀬先輩。疑うのはよくないけれど、秘密はとっても大事な秘密だから、いい人が相手でも疑うに越したことはないんだ。
この人を、信用していい?
でも、きっと、お互いに監視し合うのが秘密をバラされない一番の方法だよね。
それに、黄瀬先輩に協力すればわたしの修行にもなるかもしれない。
「わたしに、できる範囲なら」
顔を上げた黄瀬先輩がとびっきり明るい表情になった。イケメンだってことで人気らしいけれど、今の顔はどちらかというとかわいいかも。なんだかまだ小学生みたいな、そんな笑顔だ。夜に出会った不機嫌そうでぶっきらぼうなコスプレの男の子と同一人物とは思えない。
ありがとう、と黄瀬先輩は笑う。
わ、わたし……。
わたし……。
わたし、学校で大人気の先輩と二人だけの秘密ができちゃった!
魔法の力は秘密なのに。
結愛にも言っていない秘密なのに。
でも、あのコスプレの男の子、自分のことも言い触らしてほしくなさそうだったから大丈夫だよね? 大丈夫だといいなぁ。
「うわぁ! 嘘でしょ!? ちょっ、ちょっとちょっと! エル、英語の宿題見せて!」
「やってないの?」
朝の教室で昨夜のことを考えて悩んでいるわたしを振り返って、結愛は真っ白なノートを見せてきた。
「やった! やったのよ! でも、やってないの! ねえ見て!」
そう言って前のページを見せる。
「一昨日の宿題だね」
「そうなの! やったんだけど、確認したらこの前のだったの! なんかやったことある気がする問題だな~って思いながらやってたら、本当にやったことある問題だったのよ」
「だからやったのにやってないんだ」
「そーなの。エル~。お願い、見せて」
結愛は祈るように手と手を合わせる。
「うーん……。でも英語は五時間目だからまだまだ時間あるじゃん。頑張れば間に合うよ」
「そうかなぁ。とりあえずやってみるけど、間に合わなかったら教えてね」
「分かった」
くるりと前を向いて、結愛はノートにシャーペンを走らせ始めた。
あぁ、えぇと、わたしはどこまで考えていたんだったっけ。
お互いに自分のことを周りに言ってほしくない感じだったから、わたしが折り紙を動かしたことは誰にも知られないだろう。……というところだっけ。
大丈夫だとは思うけれど、誰にも相談できないし困ったな。一人で悩むことになる。実際、今一人で悩んでいるし。
そもそも、あの男の子は何者なんだ。
なんて、そんなことをずっと考えているうちに午前中の授業が終わり、給食も終わった。英語の宿題とにらみ合っている結愛を教室に置いて、わたしは廊下に出た。邪魔しちゃ悪いし。
図書室に行って本でも読もうかな。新しい小説が入っているかもしれないし、折り紙の本を読んでレパートリーを増やすのもいいかも。
「お」
廊下を歩いていたら、何か小さなものが転がっているのが見えた。落とし物かな?
手のひらに収まるくらいの大きさの、ふわふわした狐のボールチェーン付きマスコット。真っ白い体で耳と尻尾の先が赤色だ。首に鈴が付いていて、拾って振ると小さく音が鳴った。スーパーのゲームコーナーで、クレーンゲームの景品になっているのを見たことがある。誰かのリュックや鞄から落ちたんだろう。
持ち主の人はどこかな。きっと探しているよね。
と、その時――。
「わわっ」
狐のマスコットが動いた!
いや、動いたというか、わたしを引っ張ってる!
わたしの手に乗ったまま、くっ付いたまま、わたしを引っ張ってる!
「え! えぇ~!?」
そうして、狐に引っ張られて到着したのは生徒会室だった。なぜ。
扉に突撃してしまいそうだったから、仕方ないのでわたしは引き戸を開けた。一応ノックはしたけれど、部外者が突然入ってきたらびっくりするよね。誰もいないといいな。
いた。
「うわぁ! うわぁ! ごめんなさい、いきなり!」
「え……。あ、藍野さん……」
「うおぉ」
生徒会室にいたのは黄瀬先輩だった。いきなり飛び込んできたわたしのことを驚いた顔で見ている。
「あ、え、えっと、これはその、なんというか」
「おい、ミナト! こいつやっぱり変な力持ってるぞ! 触られたら『わ!』ってなる!」
「しゃべった!!」
わたしの手の上で、狐のマスコットがしゃべった。でもびっくりしているのはわたしだけで、黄瀬先輩は全く動じていない。それに、名前を呼ばれていたよね。
「ザクロ、勝手に……!」
黄瀬先輩はずんずんと近付いてきて、わたしの手から狐を取り上げた。結構強引な感じで、奪うみたいだった。
「気になってんのにおまえがずっとうじうじして動かないから俺様が確かめてやったんだろ。感謝しろよな」
「だからってこんなやり方じゃ藍野さんもびっくりするし、おれのことだって……!」
「もうほとんどお互いバレてんだからいいだろ」
「よくないよ! おれバレてないから多分!」
「えー、ほんとにぃ?」
手のひらに乗った小さな狐のマスコットと、黄瀬先輩が言い争っていた。これは夢かもしれない。そう思ってほっぺたを引っ張ると痛かった。
「あのぅ……先輩……」
「あっ。……あ、あの、藍野さん……。昨日の夜、二丁目の辺りにいた?」
「はい……」
「和服の少年を見た?」
「見ました……」
「それ……。それ、おれなんだ……」
「……は?」
それ、おれなんだ? 夜に出会ったおかしなコスプレの男の子が、黄瀬先輩……?
黄瀬先輩は天井を見上げている。そして、手で顔を覆った。言いたくなかったんだ。
「先輩、コスプレが趣味なんですか?」
「いや……。おれは……。おれは、祓い屋なんだ」
「祓い屋……」
それって、確か、妖怪に関係のある仕事をしている人のことだよね。悪い妖怪と戦ったり、妖怪に困っている人の相談を聞いたりするっていう。
魔法使いは日本にはいないけれど、魔法とは違う不思議な力を持っている人がいるとおばあちゃんに教わったことがある。今まで会ったことはなかったけれど、こんなに身近にいたんだ。
「おれはまだ見習いで一人じゃ戦えないから、こいつの力を借りてあの姿になっている。憑依というか、変身……みたいな。こいつの影響で性格変わっちゃうからちょっと乱暴な言い方とかしててごめんなんだけど」
黄瀬先輩はわたしの方を見て、手に乗せた狐のマスコットを見せてくれた。
あのコスプレの男の子の正体が、黄瀬先輩。わたし、先輩にドキドキしてたんだ。なんか、ちょっと悔しいな。先輩はただの先輩なのに。
「これはおれの相棒で、今はぬいぐるみの中に入っているけれど本当は立派な姿をしているんだ」
「嬢ちゃんが見たら、きっとかっこよすぎて腰を抜かしちまうぜ!」
「本当は長い名前があるらしいんだけど、おれはザクロって呼んでる。赤いから」
「赤いのはこの依代の影響だけどな」
動かないマスコットからおしゃべりな声が聞こえている。
「藍野さん、このことは誰にも言わないでくれると嬉しい」
「あの、どうして、わたしに?」
「藍野さん、妖怪が見えているんでしょう? それに、昨日紙飛行機を不自然な飛ばし方をしていた。ザクロの証言もある。つまり、きみも何かしらの力を持っているということだ」
「それは……」
「きみがよければなんだけれど、おれに協力してくれないかな?」
「え」
黄瀬先輩はわたしをじっと見た。ちょっと申し訳なさそうな感じで、強制というよりお願いという感じ。
「きみのことも誰にも言わないから。きみの力を、おれに貸してほしい」
わたしが答えに迷っていると、黄瀬先輩は頭を下げた。生徒会室で生徒会副会長に頭を下げさせる謎の一般生徒になってしまったわたしは、他には誰もいないのになんとなく辺りを見回してしまった。「あの一年生何?」とか言ってくる人はいない。誰もいないから。
黄瀬先輩の秘密をわたしは知ってしまった。わたしの秘密を、黄瀬先輩は知っている。
ここで断ったら、秘密をバラされてしまうのだろうか。
穏やかな物腰で、優しい先輩という言葉が服を着て歩いているような黄瀬先輩。疑うのはよくないけれど、秘密はとっても大事な秘密だから、いい人が相手でも疑うに越したことはないんだ。
この人を、信用していい?
でも、きっと、お互いに監視し合うのが秘密をバラされない一番の方法だよね。
それに、黄瀬先輩に協力すればわたしの修行にもなるかもしれない。
「わたしに、できる範囲なら」
顔を上げた黄瀬先輩がとびっきり明るい表情になった。イケメンだってことで人気らしいけれど、今の顔はどちらかというとかわいいかも。なんだかまだ小学生みたいな、そんな笑顔だ。夜に出会った不機嫌そうでぶっきらぼうなコスプレの男の子と同一人物とは思えない。
ありがとう、と黄瀬先輩は笑う。
わ、わたし……。
わたし……。
わたし、学校で大人気の先輩と二人だけの秘密ができちゃった!
