折って連絡いたします!~紙と狐と魔法の放課後~

 今日の黄瀬先輩、結局なんだったんだろう。

 おれが夜に出歩いていたことを誰にも言わないで、とか言われるのかと思ったら、別にそんなことはなかった。わたしが出かけていたことを確認して、どうしたかったんだろう。

「昨日纏めて買えばよかったなぁ」

 夜になって、またわたしはコンビニへ買い出しに来ていた。今日はシャーペンの芯だ。もう残り少ないことに、さっき宿題をやっていて気が付いた。

 消耗する文房具は時々残りの量を確認しておいた方がいいわよ。と、だいぶ前に結愛が言っていたことがある。その時、結愛は授業中にノートを使い切ってボールペンのインクも切らしていたんだったっけ。

 買い物を済ませて、いつも使っているサコッシュを肩からさげて歩く。ノートはエコバッグが必要だったけれど、シャー芯ならそのまま入れればいいからね。

 街灯の灯る道を歩いていると、男の子が突っ立っているのが見えた。町内会の掲示板の横に立って、道路を眺めている。

 昨日のコスプレの男の子だ。

 今日も、動物の耳を着けて着物姿。いつもコスプレをしているのかな。それとも……妖怪……?

 あっ。

 目が合ってしまった……。

 どうしよう……。

 男の子はじっとわたしのことを見ている。開かれた口に、(きば)が光っていた。

「じろじろ見てんじゃねえよ」
「ごめんなさ……」
「おまえ昨日も会ったな」
「そ、そうですね」

 すると、男の子ははっきりと聞こえる舌打ちをした。

 わたし、何か気分を害することを言ってしまったの? 返事をしただけなのに。

「見てねえって言ってたじゃねえか」
「えっ……? 何……?」
「変なもんは何も見てねえって言ってたのに、おれのことちゃんと覚えてるんじゃねえかよ。忘れろよ、こんな変なもん。夢か何かだったかも~って思えよ」
「えっ……? え?」
「しかもじろじろ見やがって」

 なんなの、この男の子。

 なんだか不機嫌そうな男の子と、いきなり文句を言われて困っているわたし。この状況、なんなの。

 わたしがおろおろしていると、男の子はさらに不機嫌そうになった。どうして見ず知らずの怪しい男の子に責められなければならないのか。

「勝手に人をお姫様抱っこしておいて、忘れろって言うんですか? あんなの、初めてだったのに! せ、責任取ってください!」
「はぁ? 運んだだけだろ。そんなおおげさな」
「なっ」

 なんなのこの人~!! ほんの少しでもきゅんとしちゃいそうだった昨日のわたしがバカみたいだよ!

「まあ、接触しすぎたおれも良くなかったかもしれないな。でも強引に運んで遠ざけるしか方法なかったし……。えぇ、これ怒られんのかな……」

 怒られる? 誰かに、見られちゃいけないって言われていたのかな。

 と、そこに――。

 突然、影が差した。

 夜なのでそもそも暗いのだけれど、街灯の下なので周りよりは明るかった。それなのに、それが急に暗くなったんだ。

 見上げると、わたし達と街灯の間に何かがいた。街灯の支柱にしがみついたそれが、こちらを見下ろしている。

 あぁ、また、化け物だ。しかも、大きい。

 人のようでもあるし、何か他の動物のようでもある毛むくじゃらの化け物がそこにいる。

 魔法使いの末裔じゃなくても、これが危ない化け物であることは感じ取れるくらい、不気味で、奇妙で、恐ろしい。わたしは、動くことができなかった。

「くそっ、見付かったか。おい、逃げるぞ。おまえ、あれ見えてるんだろ。見えてるなら食われるかもしれねえから」
「こ、怖くて、動けない……。あ、でも、食べられることはないから大丈夫です。お一人で逃げてください」
「はぁ? 何言ってんだ。ったく、世話の焼ける女だな」

 そう言って、男の子は昨日のようにわたしをお姫様抱っこしてジャンプした。

「わわっ」
「おまえの家どこだよ」
「個人情報なので」
「またかよ」

 男の子はわたしを抱えて屋根から屋根へと跳んでいく。

 後ろを見ると、先程の化け物が電線を伝って追い駆けてきているのが見えた。このままじゃ追い付かれちゃいそうだ。

「あの」
「なんだよ。舌噛むぞ」
「あなたは、一体何者なの」

 月明かりに照らされている男の子の銀色の髪がきらきらと光っている。真っ赤な目がわたしを見る。

 なんてきれいな子なんだろう。こんな、変なコスプレの不審者なのに。だめ。だめだよ、エル。この人、たぶん、というか、絶対怪しいんだから。

 男の子はわたしの質問には全く答えてくれない。何も言わずに、わたしを抱えて跳んでいく。

「ねえ、あの、追い付かれちゃいそうですが」
「一人だったら逃げ切ってる。おまえを抱えてるから」
「だからわたしは置いて行っていいですよ」

 昔からこの国に住んでいる妖怪達にとって、西洋からやってきた魔法使いは未知の存在だった。見た目はただの人間なのに、何百年も生きてきた自分達が知らない力を持っているなんて、得体の知れない存在だった。

 だから、妖怪が魔法使いを食べることはない。なんだか変だぞ、って、近付いたら分かるんだって。わたしに流れる異国の魔法の力は、わたしのことをこの国の人食いの化け物から守ってくれている。

 ただ、それでも、妖怪からは一応逃げた方がいい。だって、魔法使いにとっても妖怪は得体の知れない相手だから。

 今わたし達を追い駆けている変な化け物は、たぶんわたしじゃなくてコスプレの男の子の方を追い駆けている。この男の子は、たぶん妖怪なんだろう。妖怪は妖怪のことも食べるから。

「何か、あれと戦う方法はないんですか」
「おまえを抱えたままで戦えるわけないだろう。適当なところで放り投げたらおまえが食われるかもしれない」
「わたしは大丈夫です」
「適当なところで放り投げるわけにはいかない。あいつらは自分達のことを見る人の子を好んで食うから。妖力を持っている人間と持っていない人間だったら、持っている人間の方が絶対美味いからな。知らねえけど」

 男の子はわたしのことを妖怪を見ることのできる人間だと思っている。妖怪を見たり、従えたり、戦ったりする力、妖力。それを持っているんだって思われている。わたしが持っているのは魔法の力だけれど。

 でも、魔法使いの末裔だって言うわけにはいかないよね。どうやって放してもらおう。

 わたしにできることと言ったら……。

「すみません、何か紙は持っていませんか」
「紙? 懐に懐紙が入ってるけど」
「一枚ください」
「意味が分からねえけど、いいよ。勝手に取ってって」
「……し、失礼します」

 そっと、懐に手を伸ばす。葉っぱの刺繍がワンポイントになっている包みの中に、和紙がいくつか入っていた。わたしはそれを一枚取り、手早く折っていく。

 こっちが谷折り。あっちは山折り。

 これはきっとよく飛ぶに違いない。あの化け物の注意を引いて、遠くまで飛んで行くんだ。

「一体何を……。……紙飛行機!? こんな時に何を悠長な」

 あの化け物の目の前まで行って、わたし達から気をそらしたらそのまま遠くまで引き連れて行って。

 よく飛ぶ紙飛行機のできあがり!

「お願い。行って。ずっと遠くまで」

 投げる動作をしなくても、紙飛行機はわたしの手からふわりと舞いあがって飛んでいった。そうして、念じた通りの動きをして化け物をわたし達から遠くへ連れて行く。

「飛ばしてないのに、飛んだ……」

 公園に着地して、男の子はわたしのことを地面に下ろした。紙飛行機が飛んで行った方を見上げながら、驚いている。

「おまえ……」
「あ、あの! わたし、あなたのこと見てません!」
「は」
「だから、わたしが今やったこと、あなたも見なかったことにしてください!」

 勢いよく頭を下げてお願いをして、男の子の返答を聞かないでわたしは逃げ出した。

 見られちゃった! 見られちゃった!

 これは、絶対にお父さんとおばあちゃんには知られるわけにはいかないよ!

 サコッシュを肩に掛け直して、わたしは家まで走った。

 ど、どうしよう!