折って連絡いたします!~紙と狐と魔法の放課後~

 藍野家には秘密がある。

 イギリスからやってきたひいおじいちゃんとひいおばあちゃんは、実は魔法使いなんだ。

 指先に火を灯したり、小さな雷を起こしたりなんて朝飯前。日本に来てからはやっていなかったそうだけれど、イギリスでは箒に乗って夜空を飛び回っていたんだって。

 イギリス生まれで両親と一緒にやってきたおばあちゃんも魔法使い……と言いたいところだけれど、おばあちゃんは随分と小さい時にこっちへ来たから、向こうで魔法の勉強はできていないんだって。だから、できることといったら護身用のちょっぴり痛い攻撃をする魔法くらい。魔法使いという肩書は名乗れなくて、ちょっと魔法が使える人、らしい。

 おじいちゃんは普通の日本人だから、お父さんとわたしもただの人間。でも、ほんの少し魔法の力を持っている。

 何か、不思議なことができるの?

 そう、できるのだ。

 でも、こんなに少ししか力がない人が調子に乗って魔法を使おうとすると、上手にできなくて体を傷付けてしまうの。だから、ひいおばあちゃんが小さい頃のお父さんと今のわたしに教えてくれたのは、たった一つの小さな小さな不思議なおまじない。

 それは、折り紙を動かすおまじない。

 元々は箒とか杖とか、日用品とか、道具を自在に操る魔法と、使い魔を従える魔法。日本で折り紙に出会ったひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが感動して、二つの魔法をまぜこぜにして整えて、今お父さんとわたしが使っているものに改造したのである。謎の技術だ。魔法使いってすごい。

 紙を折って念じると、短い時間だけれど折り紙が動き出す。子供のお遊びみたいだけれど、これでも確かに魔法なんだ。わたしはまだまだ使いこなせていなくて、動かすつもりがないのに動いてしまったり動かしたいのに動かなかったりする。お父さんなんて、家で仕事をする時は折ったやっこさんに上手に書類整理とか資料探しをやらせているのに。

 わたしもそのうち、上手に扱えるようになるのかな。




 謎のコスプレの男の子に遭遇した翌日。

 昼休み。わたしは、大地くんから呼び出されていた。

「何? 話って。改まってどうしたの」
「なんか、他の人には聞かれない方がいいかと思って」
「そんなに重大なことなの」

 大地くんはとても言いにくそうにしている。廊下のすみっこに連れてこられて、わたしは一体これから何を言われるんだろう。

「藍野、何かやらかした?」
「え? 何を?」

 やらかす? わたしが? 全然心当たりがないよ。

 まるで犯人を疑う刑事のような顔で、大地くんはわたしを見ている。

「心当たりないの? 本当に? じゃあどうして」
「ねえ、なんなの」
「湊先輩が放課後生徒会室に来いって」

 それって、生徒会副会長のことだよね。

「……大地くんじゃなくて、わたしに来いって?」
「そう。『白石くんのクラスのハーフっぽい子を呼んで』って言われたから藍野で間違ってないと思うよ。クォーターだけどさ」
「なんで副会長さんがわたしを……」
「おれに言われても……」

 生徒会副会長に生徒会室に呼び出される理由が全く分からない。わたしを呼び出して副会長は何を言うつもりなんだろう。

 わたし、何か注意されるのかな。それとも何か怒られるのかな。副会長に目撃されたのなんて昨日くらいで、昼休みに結愛と折り紙を折っていただけだよ。何が逆鱗に触れたんだろう。

 いやいや、まだ怒られるって決まったわけじゃないんだし。

 ちょっと待って。

 わたし、昼休みだけじゃない。

 夜、走っている先輩を見たよ。

 あの時はわたしになんて気が付いていないみたいだったけれど、もしかしたら見られていたのかな。あんな時間に何をしていたのか、って言われるのかも。

「じゃあ、おれは伝えたから。頑張って、放課後」
「えっ、あっ、大地くんは一緒に行ってくれないの」
「なんで? 呼ばれたのは藍野じゃん。おれは今日生徒会室に用ないもん」
「えぇ……」

 それじゃ! と言って大地くんは教室に戻ってしまった。

 廊下のすみっこに一人残されて、わたしは呼び止めようとして伸ばした手をそのままに突っ立っている。

 えー!?

 一人で生徒会室に行くの!?

 怒られるかもしれない場所に一人で乗り込むのは心細いよ。でも結愛を巻き込むわけにもいかないから、やっぱり一人で行くしかないか。

 きっと今のわたしは、しょんぼりしているように見えているんだろうなぁ。なんて考えながら、教室に戻る。

 不安だなぁ、放課後……。

 怖いなぁ、生徒会室……。

 なんなんだろう、副会長……。

 緊張と少しの恐怖と共に午後の授業を過ごし、放課後。わたしは半分震えるようにしながら生徒会室へやってきた。

 ノック。ノックはした方がいいのかな。

 しておこう。

 ドアを三回、軽く叩く。

「あ、あの……。一年二組の藍野です。副会長さんは……」

 わたしが言い切る前にドアが開いた。引き戸がスライドして現れたのは生徒会副会長の黄瀬湊先輩である。

 優しい先輩という言葉に制服を着せたら、きっとこんな感じなんだろう。先輩は穏やかな笑顔でわたしを出迎える。

「来てくれたんだね。どうぞ。適当な椅子に座ってよ」

 教室にあるのと同じような机と椅子がいくつか置いてある。

 どれに座ろうか私が迷っている間に、先輩はちょっぴり立派な回転式椅子に腰を下ろした。机には『副会長』という札が置かれている。

 一番近くの席でいいかな。

「適当なのにとは言ったけどそんなに遠くに座らなくても……。これから話をするんだから」
「ここで大丈夫です。おそれ多いので」
「おれ、なんか怖がられてる……? 生徒会、怖くないからね。安心してね」

 そう言って先輩はにっこり笑った。……と思ったら、いきなり真剣そうな顔になった。

 やっぱり怒られるんだ、わたし。

「藍野さん」
「は、はい……」
「君、昨日の夜……二丁目の辺りにいた?」
「えっ」

 やっぱり昨日の夜のことなんだ。夜道をあるいちゃ駄目ですよって注意されるのか。

 買い出しに行っていたとわたしが答えると、先輩は身を乗り出すようにして続きを言う。

「その時……何か見た?」
「何かって?」
「何か、こう……変わったものとか」

 妖怪みたいなものと変なコスプレみたいな男の子を見たけれど、妖怪を見たなんて言ったら笑われてしまう。それに、魔法の力を持っていることは絶対に秘密なんだから。

「特に……。あっ、でも、先輩のことは見かけましたよ。走ってました」
「……それだけ?」
「はい」
「そっか、それならよかった。もう帰っていいよ」
「……はあ……?」

 なんだ。なんだったんだろう。この呼び出し。

 先輩は、なんだかほっとした様子に見えた。