その夜、わたしは一人で夜道を歩いていた。
行先は近所のコンビニ。お父さんは心配していたけれど、もう中学生だしコンビニはすぐそこだしおおげさだと思う。
明日提出の宿題をやっていて、ノートが残り少ないことに気が付いた。そういえば学校の帰りに買おうと思っていたなということを思い出し、外に出た。
四月の終わり。花の季節が過ぎ去った葉っぱまみれの桜が並ぶ道路を歩く。
家から徒歩数分で、行きつけのコンビニに到着した。
塾帰りなのか部活帰りなのか分からないけれど、近所の高校生がジュースを飲みながらおしゃべりしている。怖そうな雰囲気じゃないから、おどおどしないで普通に通り過ぎよう。
目的のノートを手に取って、ついでにお菓子も一つ。小さなカップに入ったイチゴ味のティラミス。どうやら今週の新作スイーツみたい。そんなに高価なわけじゃないし、これを買っても持って来たお小遣いで足りるでしょ。
ノートとお菓子を買って、コンビニを後にする。
心配性のお父さんが震え出しちゃうかもしれないから、さっさと帰ろう。
「ティラミス楽しみだな……うわぁ!」
エコバッグを手に歩いていると、角から誰かが飛び出してきた。わたしは思わず声を上げて、飛び上がりそうなくらいびっくりする。実際、飛び上がったかもしれない。
走って現れたのは男の子で、わたしには全く目もくれずに行ってしまった。
「今の人……どこかで……」
そうだ。
昼、学校で見た。
生徒会副会長の黄瀬先輩だ。一瞬しか見えなかったけれど、流石にあの至近距離で見間違えることはない。たぶん。
でも先輩、あんなに急いでどこへ行くんだろう。小学校が違うから、家はこの辺じゃないはずなんだけど。こんな時間に、家からちょっと遠いところに?
まあ生徒会副会長も夜にお出かけすることくらいあるよね。塾とか習い事の教室がこの辺なのかもしれないし。
エコバッグを持ち直して、わたしは歩き出す。
……え?
その時――。
「っ……!?」
空から、何が降ってきた。
声が、出なかった。
どしゃっ、という音と共に着地したそれは、よく分からない形のものだった。
手? 手があるの? それともこれは、足?
デフォルメされたキャラクターのように、顔と体の境目が分からないほぼ一頭身。顔から手と足が生えている。とはいっても、顔はなかった。ありそうだけれど、ない。そこに目と鼻と口があるのかもしれないというくぼみのようなしわのようなものがあるだけだ。
摩訶不思議なそれは、仰向けに地面に転がっていた。落ちた衝撃で体が痛いのか、呻き声を上げている。
化け物、だ。
「な……何……?」
何か分からないものからは逃げた方がいいわよ。できるだけ、すぐにね。
小さい頃にひいおばあちゃんから言われた言葉が頭の中に浮かんだ。あれがいいものなのか悪いものなのか分からない。分からない時は、逃げなきゃ。
でも、びっくりしすぎていて動けなかった。痛そうにしている何かを前にして、この人は大丈夫なのかな? という気持ちもあった。
ここで突っ立ってるわけにもいかないよね……。
わたしに気が付いていない様子の何かに気が付かれてしまわないように、息を止めて一歩後ろに下がる、と……。
「えっ」
今度は、人が降ってきた。どこからか跳んできた人が、華麗に着地をした。
人……。人、だよね? たぶん、男の子……?
でも……。
着物姿のその人は、まるで夢のように綺麗な銀色の髪をしていた。毛先の方がほんのりオレンジ色に染まっている。そして、頭の上に犬のような猫のような三角の耳があった。アクセサリーなのかな。ふわふわの尻尾まで付いているから、コスプレが趣味の人なのかもしれないね。
って、こんな住宅街の真ん中でコスプレを!?
妙な男の子は地面に転がっている何かのことを見下ろしていた。と思ったら、蹴飛ばした。
「そ、そんな。その人、痛がってたのに」
思わず声に出してしまった。そんなわたしのことを、男の子はずいぶんとびっくりした様子で振り向いた。真っ赤な目がわたしのことをぎろりと見て、牙のある口が開いた。綺麗な人だ。ちょっと怖いけど。
「おまえ……見えているのか」
「っ……」
もしかしたら、こっちの男の子の方が何か分からないよくないものだったのかもしれない。
逃げなきゃ。
男の子はずんずんとわたしに近付いて、そして……。
「きゃっ」
わたしのことを抱き上げた。お、お姫様抱っこ!?
「えっ、えぇっ!? な、ななな、何事っ!?」
「暴れるな。落ちたいのか」
「えっ、えっ」
「うるさい口だな。舌噛むから黙ってな」
そう言って、男の子はぴょんとジャンプをした。ものすごい勢いで上昇して、家の屋根よりも高くなる。
「連絡。民間人が近くにいた。一旦そいつを避難させてからにする」
何もいない空間に向かって報告をしながら、私を抱えて屋根から屋根へ跳んでいく。
高圧的な感じの美形の男の子にお姫様抱っこをされながら夜の空を駆けるなんて、まるでわたし、物語のヒロインみたいだ。
気が付いたら、抱きかかえられながら見上げる彼の顔に見惚れていた。だめだよ、わたし。だってこの人たぶん不審者だし。
「おまえ家どの辺だよ」
「個人情報なので」
「面倒臭いな。そこの自販機の横でいいか」
再び華麗に着地をした男の子は、ぽいと放るようにわたしを地面に下ろした。
「あの」
「馬鹿じゃねえの。見えるならすぐに逃げた方がいいぜ。じゃあな」
ムスッとした顔で言って、男の子はまたどこかへジャンプして行ってしまった。
変な夜だった。
地面に落ちていたあれも、男の子も、もしかすると妖怪だったのかもしれない。そんな非科学的なものはあり得ない。なんて、言う資格はわたしにはない。
「ただいま」
家に到着したわたしは、ドアの横に立てかけてある箒に声をかける。すると、箒は穂の部分を小さく揺らして見せた。
帰宅したわたしを一番に出迎えてくれるのは、一本の箒。ひいおばあちゃんがイギリスから連れて来た掃除用具で、若い頃に乗り回していた相棒である。
行先は近所のコンビニ。お父さんは心配していたけれど、もう中学生だしコンビニはすぐそこだしおおげさだと思う。
明日提出の宿題をやっていて、ノートが残り少ないことに気が付いた。そういえば学校の帰りに買おうと思っていたなということを思い出し、外に出た。
四月の終わり。花の季節が過ぎ去った葉っぱまみれの桜が並ぶ道路を歩く。
家から徒歩数分で、行きつけのコンビニに到着した。
塾帰りなのか部活帰りなのか分からないけれど、近所の高校生がジュースを飲みながらおしゃべりしている。怖そうな雰囲気じゃないから、おどおどしないで普通に通り過ぎよう。
目的のノートを手に取って、ついでにお菓子も一つ。小さなカップに入ったイチゴ味のティラミス。どうやら今週の新作スイーツみたい。そんなに高価なわけじゃないし、これを買っても持って来たお小遣いで足りるでしょ。
ノートとお菓子を買って、コンビニを後にする。
心配性のお父さんが震え出しちゃうかもしれないから、さっさと帰ろう。
「ティラミス楽しみだな……うわぁ!」
エコバッグを手に歩いていると、角から誰かが飛び出してきた。わたしは思わず声を上げて、飛び上がりそうなくらいびっくりする。実際、飛び上がったかもしれない。
走って現れたのは男の子で、わたしには全く目もくれずに行ってしまった。
「今の人……どこかで……」
そうだ。
昼、学校で見た。
生徒会副会長の黄瀬先輩だ。一瞬しか見えなかったけれど、流石にあの至近距離で見間違えることはない。たぶん。
でも先輩、あんなに急いでどこへ行くんだろう。小学校が違うから、家はこの辺じゃないはずなんだけど。こんな時間に、家からちょっと遠いところに?
まあ生徒会副会長も夜にお出かけすることくらいあるよね。塾とか習い事の教室がこの辺なのかもしれないし。
エコバッグを持ち直して、わたしは歩き出す。
……え?
その時――。
「っ……!?」
空から、何が降ってきた。
声が、出なかった。
どしゃっ、という音と共に着地したそれは、よく分からない形のものだった。
手? 手があるの? それともこれは、足?
デフォルメされたキャラクターのように、顔と体の境目が分からないほぼ一頭身。顔から手と足が生えている。とはいっても、顔はなかった。ありそうだけれど、ない。そこに目と鼻と口があるのかもしれないというくぼみのようなしわのようなものがあるだけだ。
摩訶不思議なそれは、仰向けに地面に転がっていた。落ちた衝撃で体が痛いのか、呻き声を上げている。
化け物、だ。
「な……何……?」
何か分からないものからは逃げた方がいいわよ。できるだけ、すぐにね。
小さい頃にひいおばあちゃんから言われた言葉が頭の中に浮かんだ。あれがいいものなのか悪いものなのか分からない。分からない時は、逃げなきゃ。
でも、びっくりしすぎていて動けなかった。痛そうにしている何かを前にして、この人は大丈夫なのかな? という気持ちもあった。
ここで突っ立ってるわけにもいかないよね……。
わたしに気が付いていない様子の何かに気が付かれてしまわないように、息を止めて一歩後ろに下がる、と……。
「えっ」
今度は、人が降ってきた。どこからか跳んできた人が、華麗に着地をした。
人……。人、だよね? たぶん、男の子……?
でも……。
着物姿のその人は、まるで夢のように綺麗な銀色の髪をしていた。毛先の方がほんのりオレンジ色に染まっている。そして、頭の上に犬のような猫のような三角の耳があった。アクセサリーなのかな。ふわふわの尻尾まで付いているから、コスプレが趣味の人なのかもしれないね。
って、こんな住宅街の真ん中でコスプレを!?
妙な男の子は地面に転がっている何かのことを見下ろしていた。と思ったら、蹴飛ばした。
「そ、そんな。その人、痛がってたのに」
思わず声に出してしまった。そんなわたしのことを、男の子はずいぶんとびっくりした様子で振り向いた。真っ赤な目がわたしのことをぎろりと見て、牙のある口が開いた。綺麗な人だ。ちょっと怖いけど。
「おまえ……見えているのか」
「っ……」
もしかしたら、こっちの男の子の方が何か分からないよくないものだったのかもしれない。
逃げなきゃ。
男の子はずんずんとわたしに近付いて、そして……。
「きゃっ」
わたしのことを抱き上げた。お、お姫様抱っこ!?
「えっ、えぇっ!? な、ななな、何事っ!?」
「暴れるな。落ちたいのか」
「えっ、えっ」
「うるさい口だな。舌噛むから黙ってな」
そう言って、男の子はぴょんとジャンプをした。ものすごい勢いで上昇して、家の屋根よりも高くなる。
「連絡。民間人が近くにいた。一旦そいつを避難させてからにする」
何もいない空間に向かって報告をしながら、私を抱えて屋根から屋根へ跳んでいく。
高圧的な感じの美形の男の子にお姫様抱っこをされながら夜の空を駆けるなんて、まるでわたし、物語のヒロインみたいだ。
気が付いたら、抱きかかえられながら見上げる彼の顔に見惚れていた。だめだよ、わたし。だってこの人たぶん不審者だし。
「おまえ家どの辺だよ」
「個人情報なので」
「面倒臭いな。そこの自販機の横でいいか」
再び華麗に着地をした男の子は、ぽいと放るようにわたしを地面に下ろした。
「あの」
「馬鹿じゃねえの。見えるならすぐに逃げた方がいいぜ。じゃあな」
ムスッとした顔で言って、男の子はまたどこかへジャンプして行ってしまった。
変な夜だった。
地面に落ちていたあれも、男の子も、もしかすると妖怪だったのかもしれない。そんな非科学的なものはあり得ない。なんて、言う資格はわたしにはない。
「ただいま」
家に到着したわたしは、ドアの横に立てかけてある箒に声をかける。すると、箒は穂の部分を小さく揺らして見せた。
帰宅したわたしを一番に出迎えてくれるのは、一本の箒。ひいおばあちゃんがイギリスから連れて来た掃除用具で、若い頃に乗り回していた相棒である。
