折って連絡いたします!~紙と狐と魔法の放課後~

 金曜日、わたしは生徒会室に呼び出されていた。

 引き戸を開けると、藤崎先輩が出迎えてくれた。黄瀬先輩は副会長の席で机に突っ伏して眠っている。

「オレが来た時点でもう寝てたよ」
「藤崎先輩も呼ばれて?」
「いや、オレは普通に来ただけ」

 昨日、おはじき堂まで送り届ける間、先輩は馬車の中でずっと眠っていた。到着してもまだ起きなくて、結局、黄瀬家に仕えている妖怪に託してきた。

 ザクロは二度目の変身をさせたくなさそうだった。もしも、わたしが紙飛行機を折るのにもう少し時間がかかっていたら……。

「自分の力じゃあ戦えねえ。俺様に上手く指示を出して使いこなすこともまだできねえ。だから、俺様を憑依させてあの姿になることで間接的に俺様の力を行使する。けどよ、いくら契約してる式神とはいえ妖怪を憑依させるなんて体に良いわけねえんだよな」

 机に放り出されているザクロが言う。

「妖力も、体力もごっそり消耗する。だから、本当は……。本当は、あまりあの術を使ってほしくない。力が削れ過ぎたら、いつか俺様との契約が勝手に消えてしまうような気がして」

 いつかの、「だから、本当は……」の続きだ。

 ザクロは先輩の体が心配で、それ以上に、自分との繋がりが消えてしまんじゃないかと恐れているんだ。離れたくない、大切な主なんだね。

「その狐の声、藍野さんは聞こえるんだよな」
「はい」
「それと一緒に変身するんだよ、湊。憧れるよなぁ、『変身っ!』って。一度見せてもらったことがあるんだけど、変身した瞬間オレには見えなくなっちゃった。藍野さんは見たことあるの?」
「あります」
「……かっこよかった?」

 初めて会った時、綺麗だと思った。そして、嫌なやつだと思った。昨日は、とても……。

「か、かっこよかった……です。とっても、かっこよかったです。きらきらしていて、目を、奪われるような」
「あ……ありがとう、藍野さん……」
「うぇっ!? えぇっ! せせせ先輩! いつから起きて……!?」
「変身って憧れるよね、みたいな辺りから……」

 恥ずかしすぎる! まだ眠っていると思って言ったのに!

 藤崎先輩は黄瀬先輩が目を覚ましたことに気が付いていたのかな……。

「藍野さん、昨日はごめんね。家まで送ってくれたんだって? おれ、紙飛行機が飛んだところまでしか覚えてなくて」
「えぇと、あの後は、かくかくしかじかで」
「それじゃあ、湊と藍野さんは鈍色屋敷の調査を無事完遂したんだな。肝試しに行く生徒が減るといいけど……。減らなくても、危険なものはなくなったんだろうな。依頼したのはオレじゃないけどさ、ありがとな、名探偵さん」
「探偵?」
「わたし達が……?」

 黄瀬先輩はちょっぴりきょとんとしてから、じわじわ表情を変えてにんまり笑った。

 祓い屋と魔法使いが放課後にこそこそやっていたことを名探偵だって言われたら、ちょっと嬉しいかも。推理とかはしていないけど、隠れている仕事って表で褒めてもらえるんだ。

「可惜夜中には七不思議が七つ以上ある。生徒会に何かしらの報告があったら、不思議な名探偵さん達に依頼しようかな。これからよろしく頼むよ」




「――って、よろしく頼まれちゃったけどどうしようね。一緒にいた方が動きやすいし藍野さんも生徒会入る?」
「う~ん、考えておきます」

 学校を後にして、わたし達は鈍色屋敷に来ていた。もう一度現場を見ておきたかったし、もう一度行ったら妖精が何か反応するかもしれないから。

 先輩の懐中電灯が廊下を照らす。昨日、わたし達が踏み荒らした足跡がほこりの中に点々とある。今日は昨日よりも落ち着いているからか、ものがよく見える気がした。あの場所には金色が塗られているんだなとか、あそこにはお花の装飾があったんだなとか。

 階段を昇って、昨日の部屋に向かう。

「あっ、先輩これって」
「これは……肖像画かな。古そう……」

 途中、廊下の壁に額縁が飾られていることに気が付いた。わたし達と同じくらいの年頃の女の子の絵だ。オレンジ色の髪に緑色の瞳の綺麗な子で、胸元に薄緑色の宝石のブローチをしている。これ、同じ色だ。

 わたしはリュックから折り紙製の袋を取り出し、中に入っている薄黄緑色の石を手に取った。ふわりと浮かび上がった石が、女の子に擦り寄るように額縁のガラスにこつんとぶつかる。

「グレイ……」
「グレイって、この絵の女の子?」

 訊ねると、石はふらふらと宙を漂って再びわたしの手に載った。

「ぼくの大切なご主人様。とっくの昔にしわくちゃのおばあちゃんになって、今は、もういないけれど」

 日本語をしゃべっている。しゃべれるなら、話を聞けそうだね。

 おそらく、鈍色屋敷の持ち主はお金持ちの外国人で、魔法使いだったんだ。グレイさんは、先輩がしているように相棒を身近なものにくっ付けて連れ歩いていたんだろう。

「どうしてこの屋敷に?」
「『小さい頃に過ごしたジャパンにもう一度』ってグレイが言っていたことを思い出したんだ。はるばるやって来て、少し過ごして、そしたら昨日きみが来て……。微かだけれど、間違いなく、魔力。あの頃のグレイが重なって見えて、手放したくなくて、閉じ込めた」
「閉じ込めて、わたしをどうするつもりだったの」
「ずっと一緒にいようと思った」
「ずっとって……」
「ずっとだよ、グレイ」

 わっ! と、石から水が噴き出した。

 どんどんあふれ出る水はわたしの手から零れ、意思を持っているかのように腕や足や体に巻き付いてくる。水なのに、なんだかぬめぬめねばねばしている感じで形がある。暗闇で妖精を掴んだ時と似た感触だ。

「グレイ……。もう、一人は嫌だよ……」
「わっ、わたしはグレイさんじゃないよ! その人は、もういないんでしょ」

 この妖精はグレイさんのことが大好きなんだ。彼女を見送って、それから時間が経って、改めて彼女のことを考えて、可惜夜町に来て、魔法の力を持ったわたしに遭遇して……。きっと、あふれているのは彼女とのたくさんの思い出や彼女が大好きって気持ちなんだ。

 わたしは、それには答えられないよ。わたし、あなたの大好きなグレイさんじゃない。

 全身が水に飲み込まれた。このままじゃ、息が……!

「紅き獣、焔の化身よ、赫々たる力を此処に解き放て。天網恢恢(てんもうかいかい)灰燼(かいじん)に帰せ! 急急如律令――天狼(シリウス)!」

 星だ。流れ星。とっても綺麗な流星群だ。最初はそう見えた。やがて、それらが全て炎であることに気が付く。ぱちぱちと光る花火のように、無数の火の粉や火の玉が辺りに広がって、わたしを包み込んでいた水を全て弾き飛ばした。

 術を使っている先輩の姿が視界に入る。あぁ、なんて、綺麗な――。

「んぎゃ! ぎゃんっ」

 わたしの手から転がり落ちた石に、先輩は思い切り呪符を叩きつけた。

「んぎ」
「おい。どうする、藍野」

 どうする? どうしよう?

 この妖精は、かつての主との思い出を探しにここに来たんだ。この屋敷で過ごしていた頃のグレイさんをわたしに重ねて、行動した。わたしと先輩を傷付けようとしたわけじゃないはず。

 グレイさんのことが、大好きだったから。

 危険で邪悪な妖精ではないんだよね。

 それなら……。

「わたしはグレイさんじゃない。グレイさんへの気持ちには答えられない。でも、あなたが……あなたが、誰かと一緒にいたいなら、わたしが一緒にいてあげてもいいよ」
「藍野さん!?」
「おいおい、嬢ちゃん本気かよ」
「わたしの力じゃ使い魔を従えることはできないから、本当にそばに置くだけ。だから、支配はできない。もしも危なくなったら、先輩に助けてもらうことになっちゃうんですけど……」

 先輩は少し悩んでから、頷いた。

「妖精は専門外だからここでしっかり仕留められるか分からないし、また騒動になっても困るから放すわけにもいかないしね。それなら藍野さんに任せた方がいいかも。もしもの時はおれとザクロがさっきみたいに無力化するよ」
「ねえ、どうかな。あなたをむぎゅってしちゃった責任もあるし……」

 転がっている石がきらりと光ったような気がした。拾い上げて呪符を剥がすと、わたしの手の上でころころ動く。

「……名前。名前を教えて」
「わたしはエル。藍野エルだよ」
「エル、名前を付けて」
「名前? あなたの?」
「グレイが付けてくれた名前、グレイ以外に呼ばれたくないから。新しい名前を付けて」

 名前か……。

「少し、考えさせて」
「藍野さん、妖精の名前が決まったらおれにも教えてね。その妖精とも一緒に行動するようになるんだろうし」

 名前を付けるなんて、初めてだ。ペットを飼ったことなんてないし、ちょっと遊んだゲームのキャラもデフォルトの名前のままだし。

 この子の、名前は……。




 夜。

 わたしは折り紙ケースから黄緑色の折り紙を一枚取り出した。

「よかった、おばあちゃんの許可が下りて。うちにいていいってさ」
「昨日はぼんやりしていて分からなかったけど、この家デュラハンがいるんだ……。こわ……。おばあさんも強そうだったよ……」

 妖精を連れ歩くようになったら、なんだかアニメの魔法少女みたいだな。見た目的には先輩とザクロの方がそれっぽいけれど。変身するし。

 少し開けた窓から風が入って、カーテンが揺れる。隙間から差した月光で薄黄緑色の石がきらきらと煌めいていた。

「嫌だったら言ってね、考え直すから」

 妖精の名前が決まったと、折り紙の裏面にボールペンを走らせる。

「あなたの名前は、ミント」
「ミント……!」

 大きく震えた石の周りに水があふれて、形を作る。それは昨日見た不気味な姿ではなくて、デフォルメされたコウモリの姿だった。ザクロの依り代を参考にしたのか、ちょっとぬいぐるみっぽい。

「ミントはこれから、きみと共に。よろしくね、エル」

 撫でると、ちょっとぬめぬめしていた。

 手を拭いてから、わたしは折り紙を折る。手元で生み出されるのは、新たな友人の姿。

 夜空に舞うコウモリのできあがり。

「おはじき堂の二階、イルカの風鈴がある部屋まで」

 黄瀬先輩へ。今宵も折って、連絡いたします。