『来週の火曜日。放課後。生徒会室にて作戦会議。ザクロは明日学校に連れて来て。ごめんなさい』
先輩の元へ送った折り紙の小鳥が携えてきたのはそんなメッセージ。
今日が、その火曜日である。
ところが、生徒会室のドアをノックしても返事がない。でも鍵は開いている。誰か中にいるんだよね。入ってもいいかな?
念のため、もう一度ノックをした。返事はない。
入っちゃうよ……? いいよね……?
「お、お邪魔しまぁす……」
引き戸を開けて中に入ると、副会長の席で黄瀬先輩が突っ伏していた。
倒れてる!? 何かに襲われた!? 悪い妖怪に!? 校内で……?
「先輩、大丈夫で……。……寝てる、のかな?」
机の上にはまた何やら難しそうな文字のような絵のようなものが書かれた呪符が散らばっていた。古そうな本も開いたまま放られている。
ファンシーなキャラクターもののメモ用紙が一枚千切られて置かれているのが見えた。ふわふわのウサギのキャラクターで、美味しそうなお菓子が背景にちりばめられている。
先輩、意外とこういうキャラクターが好きなのかな。前にお遣いの内容がメモされていたのもこういうやつだった。
『藍野さんを守るためには……?』
その下に、本のタイトルのようなものがいくつか書かれている。そしてその中の数個は二重線で消されていた。
先輩、鈍色屋敷の調査に必要そうなものだけではなくて、わたしを守るための呪符も探しているんだ。わたしの折り紙は偵察には役立つかもしれないけれど、戦闘には向いていない。状況によっては、戦えないわたしはお荷物になりかねない。
けれどそれは互いに承知の上だ。
わたしはあくまで偵察要員で、わたしのことは守ると先輩は言っている。
でも、なんだろう。なんだか、もやもやする。
危険地帯に飛び込む魔法使いは時に軽装であるけれど、それは一人だから自己責任で好き勝手しているんだ。もし、誰かと一緒なら……?
誰かと一緒ならば、無謀な魔法使いには同行者を守る義務が生じるのでは? わたしは、先輩を守らなければいけないのでは。
「おう、嬢ちゃん。来たのか? 悪いな、ミナトのやつ待ってる間に眠っちまってよ。俺様もこんなになってて」
床に放られている鞄からくぐもった声がした。ザクロが依代にしている狐のマスコットは鞄の下敷きになってしまっているらしかった。鞄を起こしてあげると、ザクロは「ありがとよ」と一言。
大切な相棒を雑に扱ってそのままにしてしまうくらい、先輩は目の前の本に集中していたんだ。そうしてそのまま眠ってしまうくらい、疲れているんだろう。
「ん……。ふあ、ぁ……。あ、れ……? おれ、寝て……」
「おはようございます、黄瀬先輩」
大きな欠伸をして目をこすっていた先輩は、わたしを見て飛び上がった。びっくり! と、顔に書いてある。
「お、おは……。おはよう、藍野さん。来てたんだ」
「難しそうな本ですね」
「あぁ、うん。これでも初歩的なやつなんだ。難しい術なんておれは使えないからさ。簡単なやつのなかに、使えるものがあるといいなと思って。準備は大事だからね」
先輩は古そうな本のページをめくった。不思議な模様が描かれている。
「あのっ」
「ん?」
「わたし……。わたしには、何かできることはありませんか」
「藍野さんは折り紙で偵察をしてくれれば」
「わたしは、今回のことに関してこれといって何か準備をしていることはなくて……。先輩だけこんなに頑張ってるの、よくない気がして」
優しいね、と先輩は呟く。
あっ……。この声音と笑みがみんなを惑わせているんだ……。絶対そうだよ……。
「気にしなくていいよ、元々おれの仕事なんだし。おれ、藍野さんが協力してくれるって、それだけですごく心強いんだから」
「ちょっと、強そうなやつを折る練習をしておきます」
「ふふ、ありがとう。それじゃあ、作戦会議を始めようか」
机の上を広げ始めた先輩の隣にわたしは座る。難しそうな本やら怪しげな呪符やらが姿を消すと、代わりに下敷きになっていた見取り図が現れた。おそらく、鈍色屋敷のものだ。
ドーナツ柄のボールペンの先が門のところから玄関のところまでをスライドする。先輩、もしかしたら筆箱もかわいいのかな。
「藍野さんの折り紙に斥候してもらって、ひとまず建物の中に入ろうと思う。入らなきゃ何も始まらないし」
「部屋が多いですね」
「相当お金持ちだったらしいよ。これは同業者の伝手で秘密裏に入手した見取り図のコピーなんだけど、ほら、ここ見て」
濃いピンク色のインクがくるりと丸を描く。金庫、とある。とても大きい。わたしの部屋なんかよりも大きなスペースに、お金やお宝がたくさん入っていたんだ。
「昔、流しの祓い屋が妖怪を退治したのは……こっち。二階の奥にある部屋だ。ここに行ってみようと思う」
「何がいるんでしょうね。何もいないといいですけど……」
「いたとしても、別の部屋かもしれない。きみのことを長時間拘束するかもしれない。ごめんね」
「謝らないでください。わたしが自分の意思で、魔法使いのへんてこな好奇心で協力するって決めたんですから。わたし、今、『お化けだったらどうしよう』って怯えてる先輩よりもわくわくしてます」
「心強すぎる。本当にありがとう」
鈍色屋敷には何がいるんだろう。
いるのなら、妖怪だといいな。それなら先輩とザクロが対応してくれるから。
幽霊だったらどうしよう。みんなで悲鳴をあげて逃げ帰ることになるのかな。
「ミナト、ちゃんと嬢ちゃんのこと守れよ」
「ザクロもちゃんと力貸してよね」
「ふふん、俺様に任せておけ」
あの生い茂る木や草の向こうに、何があるんだろう。
「作戦決行は明後日、木曜日の放課後」
「頑張りましょうね、先輩っ!」
自分でも驚くくらいやる気に満ちた元気いっぱいな声が出た。ちょっと恥ずかしいな。
そんなわたしのことを、先輩はちょっぴり緊張した面持ちで見つめていた。
色とりどりの正方形の紙が部屋に舞う。手で触れることなく空中で折られて行くそれらは、みるみるうちに姿を変えて数体のやっこさんになった。
「お父さん、わたしもそれできるようになる?」
夜、お父さんの書斎で訊ねる。机の上ではよちよちと歩くやっこさんが万年筆を運んでいた。
「わたしの力じゃ、無理かな」
「何かに特化すればいけるんじゃないか。父さんも、こうやるのはやっこと鶴……あと手裏剣くらいしかできないから。怪獣とかもこれで作れれば便利かもしれないけれど、それはお袋じゃなきゃな」
「いつかできたらいいなぁ」
「魔力の量が変わらなくても、力を上手く使う技術は伸ばしていけるからな」
「そうだよね」
紙製の助手達はお父さんの手伝いに精を出している。元々、道具を操ったり使い魔を従えたりする魔法だ。お父さんの使い方は正しいし、わたしが小さな頃よりもさらに洗練されている。
わたしも、いつか。
「エルは何を動かしたい?」
「え? うーん……。折るのに時間がかかるやつをぱぱっと作れるようになれたら便利だよね」
「ははは、ドラゴンでも折るつもりか」
「いいねぇ」
ドラゴンか。簡単に折れるタイプのやつなら、明後日の戦力にできるかも。
お父さんの本棚から折り紙の本を一冊借りて、わたしは自分の部屋に戻った。
先輩の元へ送った折り紙の小鳥が携えてきたのはそんなメッセージ。
今日が、その火曜日である。
ところが、生徒会室のドアをノックしても返事がない。でも鍵は開いている。誰か中にいるんだよね。入ってもいいかな?
念のため、もう一度ノックをした。返事はない。
入っちゃうよ……? いいよね……?
「お、お邪魔しまぁす……」
引き戸を開けて中に入ると、副会長の席で黄瀬先輩が突っ伏していた。
倒れてる!? 何かに襲われた!? 悪い妖怪に!? 校内で……?
「先輩、大丈夫で……。……寝てる、のかな?」
机の上にはまた何やら難しそうな文字のような絵のようなものが書かれた呪符が散らばっていた。古そうな本も開いたまま放られている。
ファンシーなキャラクターもののメモ用紙が一枚千切られて置かれているのが見えた。ふわふわのウサギのキャラクターで、美味しそうなお菓子が背景にちりばめられている。
先輩、意外とこういうキャラクターが好きなのかな。前にお遣いの内容がメモされていたのもこういうやつだった。
『藍野さんを守るためには……?』
その下に、本のタイトルのようなものがいくつか書かれている。そしてその中の数個は二重線で消されていた。
先輩、鈍色屋敷の調査に必要そうなものだけではなくて、わたしを守るための呪符も探しているんだ。わたしの折り紙は偵察には役立つかもしれないけれど、戦闘には向いていない。状況によっては、戦えないわたしはお荷物になりかねない。
けれどそれは互いに承知の上だ。
わたしはあくまで偵察要員で、わたしのことは守ると先輩は言っている。
でも、なんだろう。なんだか、もやもやする。
危険地帯に飛び込む魔法使いは時に軽装であるけれど、それは一人だから自己責任で好き勝手しているんだ。もし、誰かと一緒なら……?
誰かと一緒ならば、無謀な魔法使いには同行者を守る義務が生じるのでは? わたしは、先輩を守らなければいけないのでは。
「おう、嬢ちゃん。来たのか? 悪いな、ミナトのやつ待ってる間に眠っちまってよ。俺様もこんなになってて」
床に放られている鞄からくぐもった声がした。ザクロが依代にしている狐のマスコットは鞄の下敷きになってしまっているらしかった。鞄を起こしてあげると、ザクロは「ありがとよ」と一言。
大切な相棒を雑に扱ってそのままにしてしまうくらい、先輩は目の前の本に集中していたんだ。そうしてそのまま眠ってしまうくらい、疲れているんだろう。
「ん……。ふあ、ぁ……。あ、れ……? おれ、寝て……」
「おはようございます、黄瀬先輩」
大きな欠伸をして目をこすっていた先輩は、わたしを見て飛び上がった。びっくり! と、顔に書いてある。
「お、おは……。おはよう、藍野さん。来てたんだ」
「難しそうな本ですね」
「あぁ、うん。これでも初歩的なやつなんだ。難しい術なんておれは使えないからさ。簡単なやつのなかに、使えるものがあるといいなと思って。準備は大事だからね」
先輩は古そうな本のページをめくった。不思議な模様が描かれている。
「あのっ」
「ん?」
「わたし……。わたしには、何かできることはありませんか」
「藍野さんは折り紙で偵察をしてくれれば」
「わたしは、今回のことに関してこれといって何か準備をしていることはなくて……。先輩だけこんなに頑張ってるの、よくない気がして」
優しいね、と先輩は呟く。
あっ……。この声音と笑みがみんなを惑わせているんだ……。絶対そうだよ……。
「気にしなくていいよ、元々おれの仕事なんだし。おれ、藍野さんが協力してくれるって、それだけですごく心強いんだから」
「ちょっと、強そうなやつを折る練習をしておきます」
「ふふ、ありがとう。それじゃあ、作戦会議を始めようか」
机の上を広げ始めた先輩の隣にわたしは座る。難しそうな本やら怪しげな呪符やらが姿を消すと、代わりに下敷きになっていた見取り図が現れた。おそらく、鈍色屋敷のものだ。
ドーナツ柄のボールペンの先が門のところから玄関のところまでをスライドする。先輩、もしかしたら筆箱もかわいいのかな。
「藍野さんの折り紙に斥候してもらって、ひとまず建物の中に入ろうと思う。入らなきゃ何も始まらないし」
「部屋が多いですね」
「相当お金持ちだったらしいよ。これは同業者の伝手で秘密裏に入手した見取り図のコピーなんだけど、ほら、ここ見て」
濃いピンク色のインクがくるりと丸を描く。金庫、とある。とても大きい。わたしの部屋なんかよりも大きなスペースに、お金やお宝がたくさん入っていたんだ。
「昔、流しの祓い屋が妖怪を退治したのは……こっち。二階の奥にある部屋だ。ここに行ってみようと思う」
「何がいるんでしょうね。何もいないといいですけど……」
「いたとしても、別の部屋かもしれない。きみのことを長時間拘束するかもしれない。ごめんね」
「謝らないでください。わたしが自分の意思で、魔法使いのへんてこな好奇心で協力するって決めたんですから。わたし、今、『お化けだったらどうしよう』って怯えてる先輩よりもわくわくしてます」
「心強すぎる。本当にありがとう」
鈍色屋敷には何がいるんだろう。
いるのなら、妖怪だといいな。それなら先輩とザクロが対応してくれるから。
幽霊だったらどうしよう。みんなで悲鳴をあげて逃げ帰ることになるのかな。
「ミナト、ちゃんと嬢ちゃんのこと守れよ」
「ザクロもちゃんと力貸してよね」
「ふふん、俺様に任せておけ」
あの生い茂る木や草の向こうに、何があるんだろう。
「作戦決行は明後日、木曜日の放課後」
「頑張りましょうね、先輩っ!」
自分でも驚くくらいやる気に満ちた元気いっぱいな声が出た。ちょっと恥ずかしいな。
そんなわたしのことを、先輩はちょっぴり緊張した面持ちで見つめていた。
色とりどりの正方形の紙が部屋に舞う。手で触れることなく空中で折られて行くそれらは、みるみるうちに姿を変えて数体のやっこさんになった。
「お父さん、わたしもそれできるようになる?」
夜、お父さんの書斎で訊ねる。机の上ではよちよちと歩くやっこさんが万年筆を運んでいた。
「わたしの力じゃ、無理かな」
「何かに特化すればいけるんじゃないか。父さんも、こうやるのはやっこと鶴……あと手裏剣くらいしかできないから。怪獣とかもこれで作れれば便利かもしれないけれど、それはお袋じゃなきゃな」
「いつかできたらいいなぁ」
「魔力の量が変わらなくても、力を上手く使う技術は伸ばしていけるからな」
「そうだよね」
紙製の助手達はお父さんの手伝いに精を出している。元々、道具を操ったり使い魔を従えたりする魔法だ。お父さんの使い方は正しいし、わたしが小さな頃よりもさらに洗練されている。
わたしも、いつか。
「エルは何を動かしたい?」
「え? うーん……。折るのに時間がかかるやつをぱぱっと作れるようになれたら便利だよね」
「ははは、ドラゴンでも折るつもりか」
「いいねぇ」
ドラゴンか。簡単に折れるタイプのやつなら、明後日の戦力にできるかも。
お父さんの本棚から折り紙の本を一冊借りて、わたしは自分の部屋に戻った。
